(でも、〝侯爵様〟って言った? 侯爵様って誰のことかしら?)

 ミレイナは妃教育で習ったラングール国の貴族一覧を頭の中で反芻する。侯爵家はラングール国にざっと五十はある。そのどれかを言っているのだろう。

(どの侯爵のことかしら?)

 考えてみたけれど、わかるはずもない。

(とにかく、ここから逃げ出さないと)

 怒りを感じたことで、逆に逃げなければという意識が強くなる。

(ドアノブ、回せるかしら?)

 ミレイナは遥か頭上にあるドアノブを見上げる。
 ウサギ姿のミレイナでは圧倒的に高さが足りないけれど、ジャンプすれば届くかもしれない。
 ミレイナは思い切りジャンプすると、ドアノブに体全体を使ってしがみついた。ガチャッとノブは回ったが、開く気配はなかった。鍵がかかっているのだろう。

(そんなに上手くいくはずもないか……)

 となると、残る出口はあの通気口だけだ。ミレイナは高い位置にあるそれを見上げる。高さとしては二メートルぐらいだろうか。