「でも、俺とだけの秘密にしてくれてたのは、嬉しいかもな」
 言われた声はずいぶん小さかった。
 まるで美波だけに聞こえればいい、というくらい小さかった。
 この部屋にはほかに誰もいないのに、なにか、周りになにも、物すらなくなってしまったかのように美波には感じられた。
 そのくらい、北斗の瞳から目が離せなくて。
「それ、……」
 美波はなんとか口を動かした。
 それ、どういう意味?
 そう言いたかった。
 のに、出てこなかった。
 聞きたいけれど、ちょっと怖いような気もする。
 聞いてしまっていいのだろうか。
 迷ってしまったそのとき。
 こんこん、と音がした。
 そこで美波は、はっとした。
 一気に現実に戻ってきたような気がする。
「北斗くん? 帰ってきてる? 美波も一緒かしら」
 もう一度、こんこん、とノックの音がした。
 お母さんだ。
 今度こそ、美波ははっきりと知ることができた。
 遅くなっていたけれど、帰ってきたのだ。
 北斗は数秒、美波の頬から手を離さずにいたけれど、すぐに、すっと手を引いた。そのまま立ち上がる。
「はーい。帰ってます」
「良かった。お菓子をもらったのよ。みんなでいただかない?」
 北斗の返事に答えたお母さんの声は、普通だった。言われた内容も普通だった。
 美波は、ほっとした。
 心が軽くなったような気がしたのだ。
 それは北斗が話を聞いてくれたからで。
 美波に寄り添うことを言ってくれたからで。
 今なら多分、お母さんや、それからこれから帰ってくるお父さんとも普通に話せるだろう。変な心配をさせたりしないだろう。
 全部北斗のおかげ、だけど。
 部屋の外を出て、お母さんに顔を見せて、リビングで三人でもらいもののお菓子で少し遅めのお茶の時間になっても。
 北斗に触れられた頬が、ほんのり熱いような気がして仕方がなかった。