「……ううん……」
 なんとか言った。
 なのに、その一言だけで、ぐぅっと喉の奥からなにかがこみあげてきそうになって、慌てて続きは飲み込んだ。
 北斗はその間にも、つかつかと近寄ってきて、美波を不思議そうに見下ろしてくる。
 あのときと、撮影のときと同じくらい近いのに、今はとても幸せになんて感じられなかった。
 不意に北斗の手が動いた。
 美波の肩に触れる。
 その手はもう、何回か感じたもので、服の上からでは体温なんて伝わってこないはずなのに、なぜだか、とてもあたたかく感じてしまった。
「なんかあったんだな?」
 言われたのはそれだけだった。
 でもなにより優しい言葉だった。
 美波を心配してくれている言葉。
 そのあたたかな触れ方と、優しい言葉で、美波の中で、ぷつんとなにかが切れた。
 ぽろぽろっと、涙が勢いよくこぼれてくる。
「……っ、どうし、よう……、わたし……!」
 やっと言ったけれど、なにも具体的ではなかったし、おまけに声は震えてしまった。
 こんな、泣き顔なんて見られてしまいたくない、と、腕を持ち上げて顔を覆う。
 北斗の顔も見えなくなった。
 情けなくも泣きじゃくりだしてしまった美波を、数秒、北斗は見下ろしていたようだけれど、不意に、ぐっと手に力が入った。
 あっと思ったときには、抱き寄せられていた。
 北斗の胸に。あたたかくて厚い、しっかりした胸に抱きしめられてしまう。
 美波をしっかり抱きしめて、北斗はすぐ上、間近の位置で言ってくれた。
「大丈夫だ。落ち着け」
 北斗よりずいぶん小柄なのだ。美波の体は北斗の腕の中にすっぽり収まってしまう。
 抱きしめたその体の背中をそっと撫でてくれて、北斗は言ってくれた。
「とにかく、家に入ろう。多分、まだ誰も帰ってきてないだろうから」