「え……」
 一瞬、意味がわからなかった美波だというのに、ガトーショコラを差し出してきている北斗は何故か笑みを浮かべている。
「ほら。オレンジムースもらったんだから代わりにやるよ」
「えっ」
 どきっとした。
 代わりにやるというのは、このまま差し出したものを食べろという意味だろう。差し出されていれば、それしかない。
 これはオレンジムースをひとくちあげるより、大胆なのでは。
 美波の胸は、余計にどきどき速くなってしまう。
 なのに北斗はちょっと笑みから眉を寄せて、小さくフォークを振った。
「いらねぇの?」
 そんなふうに言われて、またどきんと胸が高鳴ってしまった。顔まで熱くなってくる。
 だってこれは……。
「い、……いります……」
 動揺のあまり、何故か敬語になってしまった。
 けれどそれを意識することも出来ずに、なんとかそろっと顔を近付けて、口を開けて、ぱくりとガトーショコラをもらった。
 ふわりと甘い味が、口いっぱいに広がる。
 けれど美波はそのおいしくて甘い味も、よくわからないような気持ちになってしまった。
 北斗のフォークからもらってしまった。
 しかも、食べさせてもらうようにしてしまった。
 ……これは……間接キスに近いのでは……。
 今度こそ、しっかり認識してしまって、かっと頬が熱くなる。
 美波のその様子を見て、北斗は何故か、にやにやする。
「うまいか?」
「……うん……」
 視線はからかうようだけれど、はっきり言われなかったのには安心した。
 『間接キスっぽいから』とかそういうことは。
 そこだけはほっとした美波であった。
「たまに食うとうまいよな、ケーキ」
 そのあと、空気はもう元のものに戻ってしまったけれど。
 北斗はそんな普通のことを言って、紅茶をひとくち飲んでいたし、美波も同じように、紅茶のカップに手を伸ばした。
 ほろ苦い紅茶は、濃厚な甘さのガトーショコラの味と混ざり合って、心地良い味がした。
 でもガトーショコラの甘さはなんだか、ずっと舌の上に残ってしまった気はしたけれど。