美波はなんだか、しんみりしてしまった。顔に出ないように気を付けたけれど。
 自分がお父さんやお母さんと、こうしておいしいものが食べられなかったら、とっても寂しいだろうと思ったのだ。
 北斗はまさに、今、そんな状況。
 寂しくないはずがないだろう。
 いくら北斗が男の子で、美波より年上だといっても。それは家族を大切に思うなら誰だってそうなると思う。
「日本に帰ってきたら、食べさせてやりたいなぁ」
 でも北斗は視線を上げて、ふっと笑った。
「……うん。きっとおばさんも喜んでくれると思うな」
 だから、美波は考えたことは言わなかった。
 それは北斗の問題だから。
 いくら一緒に住んでいても、軽率にこちらから言っていいことではないと思う。
「ああ、でも俺もちょっと味が気になるな」
 美波が新しくひとくち、オレンジムースをすくったところで、北斗がふと言った。
 美波はきょとんとした。
 オレンジムース。
 選べばよかったな、って意味かな? と思ったのだけど。
 北斗がは、すっと美波の前のオレンジムースを指差した。
「ひとくち、くれよ」
 言われたことに、美波はどきっとしてしまった。
 ひとくちくれ、なんて。
 嫌というわけではない。
 だけど食べかけのものだ。それをひとくち、なんていうのは恥ずかしい。
 いや、お母さんとか友達とかとには普通に「どうぞ」とするけれど。
 なにしろ北斗は幼なじみとはいえ、友達とは少し違う。
 ……男の子、なのだから。
 よって、おろおろしてしまった美波だったのに、北斗はさっさと手を伸ばしてきた。美波のオレンジムースへと。
「もらうぞ」
 ここだけは律儀にそう言って、フォークでひとくちぶん、取っていってしまった。
 美波は恥ずかしくなってしまう。顔がほんのり熱くなった。
 ひとつのケーキを二人で食べているように感じてしまって。そんなわけではないのに。
 なのに、北斗はなにも気にしていない様子で、ぱくっとそれを食べた。
 もぐもぐと口が動くのを見て、美波はどきどきしてしまうというのに。
「ん、やっぱうまいや。夏限定だからな」
 北斗は満足げ。美波はまだどきどきしつつ、返事をする。
「そ、そうなんだ。こんなにおいしいのに限定なんだ」
「オレンジは夏が一番うまいだろ。限定で当たり前じゃん」
 しかし、それは北斗によって、バカにされてしまった。
 美波はちょっと、むっとした。
 たかがケーキのことで、そんなふうに言わなくても。
 その美波の前に、すっとなにかが差し出された。
 美波は今度、違う意味できょとんとしてしまった。
 だって差し出されたのは、フォークにすくわれたガトーショコラだったのだから。