「相川さん」と扉を開けてくれたのは、唯子だった。

 淡いピンクのふりふりのメイド服を着て、頭にはなにやら動物の耳らしきものがくっついている。

 「……健人は?」と尋ねる声が、つい低くなってしまった。

 「……部屋にいるよ」と答える声が少し怖がっているようで、わたしは「ありがとう」と答えるのを、精一杯の笑顔と、明るい声を意識した。唯子もふわりと微笑む。


 わたしは雑に扉を開いた。この扉にノックなんか必要ない。

 「雑だなあ、壊れちゃうよ」と健人の声が飛んでくる。

 「知らないわよ。ていうか、唯子ちゃんの着てた服はなに⁉」

 「ああ、今日の制服だよ。相川さんに似合うと思って。いやあ、唯子もよく似合ってたね」

 健人は楽しそうにへらへら笑う。

 わたしは深く俯いて、深く呼吸して、自分を落ち着けた。でも――。

 「ふざっけんな‼」

 やっぱり、我慢なんてできない。ついに手を出したか、動物の耳に。あれは絶対、わたしが着けるようなものじゃない。唯子を見てしまった後に身に着けるようなものでもない。唯子には敵わない。

 「ええ……いいじゃん、かわいいよー、絶対」

 「うるせえ。なんでああなるの⁉ むしろ今度、つなぎでも用意してちょうだいよ!」

 「コックさんの服もいいねえ」

 「はーなーし聞けよ!」

 「絶対似合うって」

 とりあえず着てみてよ、と言い残して、健人は部屋を出て行った。

 渋々ハンガーを手に取って、着替えを済ませて扉を開けると、健人はぱあっと目を輝かせた。

 「いやあ、かわいい……!」

 かわいい、ああかわいい、相川さんかわいい、と壊れたように繰り返して、健人はわたしの頭を撫で、髪を撫で、頬を包んで顔を覗き込んだ。

 「ああ……」

 かわいい、と、健人はじっくり、その言葉を味わうように言った。

 「相川さん……大好き」そう言って、健人はとろんと笑う。

 わたしは、どうしようもない強い感情に騒ぐ胸の奥につられて速くなった呼吸をなんとか落ち着けて、深く息を吸い込んだ。

 言いたいことなんて、一つしかない。

 「ばっかじゃないの⁉」

 ははは、と健人は楽しそうに笑う。

 「もう帰る! こんなの、恥ずかしくて着てられない!」

 部屋に戻ろうとしても、手首をぎゅっと掴まれて、前に進めない。

 「だーめ」と、温度の下がった声がした。ひやりとして振り返ると、健人は“細い目”をしていた。

 「帰っちゃだめ」

 「帰らせろ、せめて着替えさせろ……!」

 嫌だ嫌だと繰り返していると、健人はふと、ぐいっと腕を引き寄せた。つられて体もバランスを崩し、健人の腕の中におさまった。

 「どうして? 相川さん、かわいいよ?」

 「そんなほっそい目で言われても説得力ないっつーの!」もっと大きな目でしっかり見てから言ってほしい。

 ぐいぐいと胸を押しても、健人は少しも動かない。

 「本当、相川さんってかわいい。いじめたくなっちゃう」

 「離せガキンチョ」

 「嫌だ」

 「いいかげんキレるぞ」

 「怒ったって、事態は好転しないよ?」

 「いいから離せよっ……せめて下行こうよ。今日はなににすんの?」

 「ああ、ハントンライスにしようかって話をしてたんだ」

 「え……?」

 ――なにそれ?



5時間だけのメイド服
おしまい。