「わたしは、敵わない。だって、健兄は相川さんが大好きだから」

 唯子はかわいい声で話した。今までとは違って、感情のこもった、人間らしい話し方。

 「だけど、相川さんは健兄が好きじゃなかった。嫌いじゃないって言ってたし、それは嘘じゃないんだろうけど、好きではなかった。だから、相川さんが嫌いだった」

 わたしは声を聞きながら、その声の言いたいことを探った。

 「だって、健兄にあんなに好かれてるのに、全然興味ないから。すごく幸せなのに、それに気づいてないから。大嫌いだった」

 あの健兄が好意を寄せている、それはとても幸せなことなのに、それに気づかず、それどころか健兄にも興味がないなんて、なんて生意気な奴なんだ、という感じかな。そんな生意気な奴が、わたしは大嫌いだった、と。

 「でも、今は違う。相川さん、健兄のこと好きでしょう」

 突然の問いに、わたしは「えっ?」と間抜けな声を返した。「えっと……」

 好き……? いや、確かに嫌いではないけれど。すごく優しいお兄ちゃんだと思うし、なんか嘘くさいけど、実際のところはとても正直な人みたいだし。なんか意地悪だけど、それはただ、子供みたいなだけで、結局悪い人ではないし。嫌いでは、ない。

 「好きなんだよ、相川さんは。見てればわかる。健兄が大好きなんだって」

 「大好き⁉」

 なによそれ。そんなこと、全然ないんだけど!

 「健兄、悲しそうだったけど、今はすごく楽しそう。相川さんといるのが楽しくてたまらないって感じ。相川さんだって、最初は嫌な感じだったけど、今は、健兄といるのが楽しいって感じがわかる。だから、わたしも、今は相川さんが好き。いい人だって思う」

 一緒にいたいって、そんなふうにも、ちょっとだけ思う――。素直になりきれないまま、恥ずかしそうに、唯子は小さな声で言った。

 「でも、それはわたしじゃない。相川さんはわたしのことより健兄のことが好きだし、健兄だって、相川さんに夢中。相川さんが一緒にいるのは、わたしじゃない」

 幸せだね、と、唯子は、それはそれは、まるで天使のような、純粋で透明感のある、かわいい笑顔を見せてくれたけれど、その意味はわからなかった。

 わたしなんかと一緒にいるんじゃなくて幸せだね、健兄に好かれていて幸せだね、健兄を好きになれて幸せだね――もしかしたら、そんなふうに、たくさんの意味が込められているのかもしれない。あまりに綺麗に、上手に笑うものだから、その奥が読めなくなってしまった。

 「ねえ、相川さん」

 わたしとも、時々、一緒にいてくれませんか?――。

 断る理由なんてなかった。わたしは右手を差し出した。なあに?と言うように、わたしを真似るように、差し出された唯子の右手を、わたしはぎゅっと握った。

 もちろんだよ。時々なんて言わず、健人が嫉妬するくらい一緒にいようよ――。

 解いた手を「よろしくね」と頭に載せると、唯子は「健兄みたい」と、ほのかに頬を染めた。――本当に健人が好きなんだな、この子は。