夜ごはんの後、二階に上がると、健人が「お疲れ様」と、優しい声で迎えた。そのやけに優しい声に、驚きでどきんと胸の奥が跳ねた。

 「びっくりした、唯人君かと思った……珍しく優しくしゃべるもんだから」

 「おれ、そんなに悪い奴に見える?」と、彼は困ったように笑う。

 「見えるっていうか、悪い奴じゃん」

 「そんなことないよ。相川さんの方がよっぽど悪い人だ」

 「なんで。わたしほど優しい人はいないと思うんだけど」

 「そうかな」と、健人はどこか悲しげに微笑む。

 わたしは、その表情の奥をうかがった。けれど、超能力者でもあるまいし、なにもわからない。

 「なにかあったの?」

 「どうも切なくて」と彼は小さく笑う。

 「なにそれ」とわたしは笑い返す。「唯子ちゃんがわたしと仲良しだから?」

 でもそれは、あんたのせいなんだよ。唯子はあんたの意識を、もう自分には向けられないと思ってる。だから、もう大丈夫だよと伝えたくて、わたしなんかに、あんなふうに接してきたんだ。

 「相川さん」と、薄っすら開いた悲しそうな目で、わたしを見つめる。

 「……な、なによ」

 強気なあんたにそんな顔されると調子が狂う。

 健人はゆっくりと距離を縮めると、ぽんと、わたしの頭に手を載せた。

 ええ……? 

 なでなで、というように、手が動く。――なによ、触るな触るな。

 「相川さん」

 「だからなに」

 「好き」

 「……は?」

 「ずっと。好きだった」

 「過去形の告白なら要らないわよ」

 手をどけろ、と心の中で叫びながら、わたしは首をあちこちへ振る。けれど手は離れない。

 「ずっと前から好きだった。今も大好き」

 「はあ……?」

 本当、調子が狂う。どういうこと?

 「いいから離して」

 「嫌だ」

 「離せって」

 「相川さんは悪い人」

 「呪文みたいに言うな」

 「かわいいものには触りたくなる。動物が目の前にいたら、触らずにいられない」

 「わたしは動物じゃないわよ」

 「いいや、動物みたいなものだよ」

 「感情で動くお前は人間らしくないって?」

 まあ、否定はしないけどさ。

 「小動物みたいにかわいい」

 「は?」

 だめだ、この人もなにを言っているのかわからない。

 「いいから手をどけろ!」

 「相川さんがかわいいのが悪い。しかもそんなふうに嫌がられたら、どかせないよ。もっとイヤイヤしてほしい」

 「うっせえ、ガキンチョめ!」

 言ってから、今までの出来事が早送り再生のように頭を巡った。最後、唯人君の声がやけに耳に残った。「ここだけの話、健人は相川さんにぞっこんだよ。だいぶ前からね」――。

 なによそれ――⁉