「健兄は、わたしとは違うところに意識を向けてる。これは本当。わたしはそれに、勝つことはできない」

 鍋にガラスの蓋をして、そこからぽたぽたと水滴が中へ落ちていくのを眺めていると、ふと、唯子が言った。翻訳機みたいな言葉の選び方だな、と思った。

 「健人が唯子ちゃん以外に大切にしてるものなんてあるかなあ? あいつ、想像以上のシスコンだよ」

 「シスターコンプレックス」

 「そう。あいつのそれは、もう常人の想像の追いつかないところまで行ってる」

 突き抜けてる、と、わたしは指先を揃えた右手を、ぐんっと上向きに、前へ伸ばした。

 「ブラザーコンプレックス」

 「ん?」ぽつんと聞こえた声に、わたしは手を下ろす。「健人が、唯子ちゃんより唯人君のことを大切にしてるってこと?」

 「それはわたし」

 ……まずい、解読ができない。

 「わたしのそれは、健兄のそれを上回ってる」

 ……ああ、なんとなくわかった。健人が唯子を愛しているよりも強く、唯子は健人を愛している、大切に思っている、ということ――だと思う。

 「そうなのかなあ」

 「健兄の中で、わたしは二番よりも下。でもわたしの中で健兄は、誰も届かないくらいの一番」

 「そんな、順位なんてつけてないと思うよ? 唯子ちゃんも大切、唯人君も大切。あいつは、結構平等な感じだよ?」

 学校で見ていてもそうだった。みんなに優しく、明るく接している。誰が声をかけても、そちらを振り返る表情や様子に、まるで差が、違いが、見られなかった。その上に賢いという完璧人間のくせに、先生のかましてきた冗談に乗っかったり、ちょっとむかつく先生には、黒板の誤字を茶化すように指摘したりもする。その度に、教室を笑いで包む。

 ――まあ、そんなあいつに、わたしは脅されたわけですけれども。バイトしてることを先生にばらしちゃうぞ、と。わたしは初めて、あいつの“細い目”を、自分に向けられたことで見たわけだけれども。でも、基本的には、みんなに平等な人なんだ、健人は。まあ、わたしは脅されたけどね。

 「わたしは、あんたが嫌いだ」――。ぽつんと、唯子の声が言った。