唯人君が出かけて少しして、「あれっ」と声を上げたのは健人だった。

 「唯人、財布持ってた?」

 「さあ……」と答えたのは、わたし。

 「多分持ってないよね、持ってる顔してなかったもん」と言って、彼は慌ただしく立ち上がり、リビングを飛び出した。それを合図に、しんとした空気が流れ込んだ。

 「うどん……のびちゃうね」

 「量が増える」と唯子。

 「育ち盛り」

 「そうは言っても……」とわたしは笑い返す。

 健人たちは育ち盛りだから、のびて量が増えたうどんがちょうどいいということらしい。

 お湯は一度沸騰させて、火は止めておこう、と考えたとき、「あんたはさ」と、唯子が言った。

 「健兄とか唯人のこと、好き?」

 「え……どうして?」

 「いいから」

 「別に……嫌いじゃないよ。こうして一緒にいるくらいだし」

 「好き?」

 「まあ、好きか嫌いかってはっきり言うなら、好きだよ。じゃなきゃこんな夏休み過ごしてない」宿題だってあるのに。毎晩帰ってから大変なんだから。

 「そう……」

 「どうしてそんなことを?」

 「別に」

 「ふうん。唯子ちゃんは? 健人と唯人君、どっちの方がお兄ちゃんとして好きなの?」

 「どっちも。健兄はごはんが美味しい。唯人は優しい」

 「健人は優しくないの?」

 「優しい。でも、わたしのことは多分好きじゃない」

 ああ、前にも聞いたことがある。

 「どうしてそう思うの?」

 「健兄は、わたしとは違うところに意識を向けてる」

 うーん……お嬢様ってば、わたしがあまり賢くないことを知って、難しい言い方をしてきた。健人は、唯子以外のこととかものを大切にしてるってことかな。

 「そんなことはないと思うよ。前にも言ったけど、健人は唯子ちゃんのこと大好きだよ」

 「どうだろう」

 「どうしてそう思うの? 唯子ちゃんの嫌いなわたしを連れてくるから? 意地悪ってこと?」

 しばらく待ったけれど、唯子が答えてくれることはなかった。

 鍋のお湯が沸騰して、わたしは火を止めた。ぶくぶくと暴れていたお湯が途端に大人しくなって、ぶわりと爆発するように湯気を上げ、ふつふつと小さな泡を上へ飛ばす。