唯子と一緒に、健人から支給された服へ着替えて、調理場に入った。わたしは一つ伸びをして、「さて」と手を叩く。

 「今日は、わたくし文乃と、こちら唯子のっ、美女コンビが腕を振るうということで。そこの男子諸君にとっては最高のご褒美デイということになりますね」

 空気がひんやりするより先に、わたしは「そんな本日のお夕飯は!」と続けた。こういうのは黙ったら負け。冷え冷えの沈黙を決め込まれて、穴を掘ってでも隠れたくなるから。

 「梅と大葉とチーズのベーコン巻き焼きでーす」

 いえーい、とわたしは一人でぱちぱちと手を叩いた。

 「おお、美味しそう」と言ってくれる唯人君の優しさが染みる。

 「さて唯子さん。ベーコンに、大葉、チーズ、梅干しを乗せて、巻いてください」

 「……そっちは?」

 わたしにそんなにたくさんの仕事を振り分けて、お前はなにをするんだ、と言っているのだろう。

 「焼きます」

 「は?」

 「わたしは焼くです。火加減が大切です。絶妙な火加減で、わたし、焼くです」

 「……あっそ」

 「放送事故起こさないでねー」と唯人君の声が軽い調子で飛んでくる。

 「はーい。このままでは内輪揉めしそうなので、わっちは副菜作るでーす」

 わたしは言いながら手を挙げると、作業台に置いてある梅干しのパックを掲げた。

 「梅干しーっ。たんまり使いますぜ。……そうだなあ、十個くらい? 四人分だしね。これを、叩く。のぺーってするまでね」

 「ペーストみたいな?」と言う唯人君へ、わたしは「そう、それ!」と叫んだ。そうそう、ペースト。

 「それにします」

 わたしはまな板に梅干しを出すと、包丁の切れない方で叩いた。それっぽくなると、梅干しをボウルへ移した。

 続いて、作業台で出番を待っている水菜を手に取った。流しで水洗いして戻ると、まな板へ載せて、適当な大きさに切っていく。

 「それは?」と唯人君。

 「水菜だよ」とわたしは答える。

 「切るのは三、四センチくらいかな。まあ、好みに合わせて」

 「へええ」

 水菜を切り終えると、梅干しの入ったボウルに、サラダ油とポン酢を加える。

 「どれくらい?」と声が飛んできて、「結構いくよ。油は……どれくらいだろう、大さじ……四杯くらいかな。で、ポン酢は……三杯くらいかな。勘だけど」

 そんで混ぜます、と中身を混ぜると、「なに」と、健人がようやく声を発した。「別に?」と唯人君がいたずらな声を返す。

 「そんで、大葉……は、五枚……五枚も要らないか。四枚くらいかな。千切りにする」

 わたしはボウルへ水菜を入れ、空いたまな板で大葉の筋を取り除き、千切りにした。

 「で、切った大葉を入れて……ここにツナ缶降臨。今回はね、水煮みたいなの買ってきた」

 「ノンオイルね」と唯人君が言う。

 「二缶、ボウルにぶち込みます」

 「ほう」と唯人君。

 「で、白ごま。これはね……ちょっとした風味付けみたいな。ちょっとしたアクセントみたいな感じだから、本当に感覚。まあ、小さじ一杯……いや半分くらいかな、今回は」

 そんで、とわたしは声を上げた。「これを適当に混ぜて、味を全体にいきわたらせるようにしたら、第一の副菜、完成であります!」

 「おおー」と、唯人君だけが手を叩いてくれる。――なんていい子なんだろう。