桜庭君は深く息をついた。深呼吸ともため息ともつかない吐息だったけれど、そういう息をつきたいのはこっちなんですよ、とは言いたくなった。
「わかったよ。じゃあ、相川さん、料理は得意だよね?」
「……ええ」
もう、どうだっていい。どうせ否定したところで、おかしいな、とでも言うんだろうから。桜庭君がどこまで知っているのか知らないけれど、中途半端に知っているのは変わりない。もう、ゼロにはできない。限りなく百に近いところまで知っている。それならもう、隠す必要なんかない。隠したって、意味はない。
「それならね、料理をね、お願いしたいの」
「なに、それ」
「これが、おれが家に来てほしい理由だよ。でもこんなの、おかしいじゃん」
「ただいてくれるだけでいいとか言って家に連れ帰って、突然料理させられる方がよっぽどおかしいけどね」
「嫌な言い方するなあ」と、桜庭君は弱々しく笑う。目はすっかり、糸のようになっていた。
「で、なんでまた料理を?」
「おれ……その……両親が忙しくてさ。いつも、食事作ってるんだけど、なんか……マンネリズム……」
「で、わたしに料理を作ってほしいと?」
「……はい……」
「でも、なんでわたしなの? ほかにもっと頼みやすい人いるんじゃないの?」
「料理でお金もらってる人なんて、ほかに知らないし……」
「どんっだけ美味いもん食いてえんだよ!」
「いや、そうじゃなくて……。技術とか、発想とか、そういうものを、できればもらえればなあって」
「いや、美味しいもの食べたいんじゃん」
「おれはどうでもいいんだよ。おれ一人なら、毎日、白米と卵があれば十分すぎるくらい。でも、そうじゃないから」
「……と言うと?」
「弟と、妹がいるんだ」
「へえ、お兄ちゃんなんだ?」
桜庭君は黙って一つ、小さく頷いた。
「それで、毎日同じようなものじゃ申し訳ないなって。嫌な顔せず、なんなら美味しいなんて言ったりしながら食べてくれるけど、やっぱりさ……」
「……そっか」
思わず、少し笑ってしまった。
「なんだ、あんたいいお兄ちゃんじゃないの。なんで最初から言ってくれなかったの?」
「恥ずかしいじゃん」と、彼は照れたように笑って、頬をほんのり赤く染める。
「こんな、だめな兄としての顔……見せるなんて」
「ふふっ。なに言ってんの、全然だめなんかじゃないよ。優しい、いいお兄ちゃんだよ」
わたしは短く息をついた。
「わかった。行ってあげる。週に一回とかでいいんでしょう?」
バイトの入っていない日に行けば、収入も増えるし、ちょろっと料理するくらいなら難しいことでもない。
「いや……」
桜庭君の声を聞いて、途端に冷静になった。
「は?」
「できれば、毎日……」
「いや馬鹿じゃねえの」
バイト辞めろってか。
「わかったよ。じゃあ、相川さん、料理は得意だよね?」
「……ええ」
もう、どうだっていい。どうせ否定したところで、おかしいな、とでも言うんだろうから。桜庭君がどこまで知っているのか知らないけれど、中途半端に知っているのは変わりない。もう、ゼロにはできない。限りなく百に近いところまで知っている。それならもう、隠す必要なんかない。隠したって、意味はない。
「それならね、料理をね、お願いしたいの」
「なに、それ」
「これが、おれが家に来てほしい理由だよ。でもこんなの、おかしいじゃん」
「ただいてくれるだけでいいとか言って家に連れ帰って、突然料理させられる方がよっぽどおかしいけどね」
「嫌な言い方するなあ」と、桜庭君は弱々しく笑う。目はすっかり、糸のようになっていた。
「で、なんでまた料理を?」
「おれ……その……両親が忙しくてさ。いつも、食事作ってるんだけど、なんか……マンネリズム……」
「で、わたしに料理を作ってほしいと?」
「……はい……」
「でも、なんでわたしなの? ほかにもっと頼みやすい人いるんじゃないの?」
「料理でお金もらってる人なんて、ほかに知らないし……」
「どんっだけ美味いもん食いてえんだよ!」
「いや、そうじゃなくて……。技術とか、発想とか、そういうものを、できればもらえればなあって」
「いや、美味しいもの食べたいんじゃん」
「おれはどうでもいいんだよ。おれ一人なら、毎日、白米と卵があれば十分すぎるくらい。でも、そうじゃないから」
「……と言うと?」
「弟と、妹がいるんだ」
「へえ、お兄ちゃんなんだ?」
桜庭君は黙って一つ、小さく頷いた。
「それで、毎日同じようなものじゃ申し訳ないなって。嫌な顔せず、なんなら美味しいなんて言ったりしながら食べてくれるけど、やっぱりさ……」
「……そっか」
思わず、少し笑ってしまった。
「なんだ、あんたいいお兄ちゃんじゃないの。なんで最初から言ってくれなかったの?」
「恥ずかしいじゃん」と、彼は照れたように笑って、頬をほんのり赤く染める。
「こんな、だめな兄としての顔……見せるなんて」
「ふふっ。なに言ってんの、全然だめなんかじゃないよ。優しい、いいお兄ちゃんだよ」
わたしは短く息をついた。
「わかった。行ってあげる。週に一回とかでいいんでしょう?」
バイトの入っていない日に行けば、収入も増えるし、ちょろっと料理するくらいなら難しいことでもない。
「いや……」
桜庭君の声を聞いて、途端に冷静になった。
「は?」
「できれば、毎日……」
「いや馬鹿じゃねえの」
バイト辞めろってか。



