5時間だけのメイド服

 桜庭君は深く息をついた。深呼吸ともため息ともつかない吐息だったけれど、そういう息をつきたいのはこっちなんですよ、とは言いたくなった。

 「わかったよ。じゃあ、相川さん、料理は得意だよね?」

 「……ええ」

 もう、どうだっていい。どうせ否定したところで、おかしいな、とでも言うんだろうから。桜庭君がどこまで知っているのか知らないけれど、中途半端に知っているのは変わりない。もう、ゼロにはできない。限りなく百に近いところまで知っている。それならもう、隠す必要なんかない。隠したって、意味はない。

 「それならね、料理をね、お願いしたいの」

 「なに、それ」

 「これが、おれが家に来てほしい理由だよ。でもこんなの、おかしいじゃん」

 「ただいてくれるだけでいいとか言って家に連れ帰って、突然料理させられる方がよっぽどおかしいけどね」

 「嫌な言い方するなあ」と、桜庭君は弱々しく笑う。目はすっかり、糸のようになっていた。

 「で、なんでまた料理を?」

 「おれ……その……両親が忙しくてさ。いつも、食事作ってるんだけど、なんか……マンネリズム……」

 「で、わたしに料理を作ってほしいと?」

 「……はい……」

 「でも、なんでわたしなの? ほかにもっと頼みやすい人いるんじゃないの?」

 「料理でお金もらってる人なんて、ほかに知らないし……」

 「どんっだけ美味いもん食いてえんだよ!」

 「いや、そうじゃなくて……。技術とか、発想とか、そういうものを、できればもらえればなあって」

 「いや、美味しいもの食べたいんじゃん」

 「おれはどうでもいいんだよ。おれ一人なら、毎日、白米と卵があれば十分すぎるくらい。でも、そうじゃないから」

 「……と言うと?」

 「弟と、妹がいるんだ」

 「へえ、お兄ちゃんなんだ?」

 桜庭君は黙って一つ、小さく頷いた。

 「それで、毎日同じようなものじゃ申し訳ないなって。嫌な顔せず、なんなら美味しいなんて言ったりしながら食べてくれるけど、やっぱりさ……」

 「……そっか」

 思わず、少し笑ってしまった。

 「なんだ、あんたいいお兄ちゃんじゃないの。なんで最初から言ってくれなかったの?」

 「恥ずかしいじゃん」と、彼は照れたように笑って、頬をほんのり赤く染める。

 「こんな、だめな兄としての顔……見せるなんて」

 「ふふっ。なに言ってんの、全然だめなんかじゃないよ。優しい、いいお兄ちゃんだよ」

 わたしは短く息をついた。

 「わかった。行ってあげる。週に一回とかでいいんでしょう?」

 バイトの入っていない日に行けば、収入も増えるし、ちょろっと料理するくらいなら難しいことでもない。

 「いや……」

 桜庭君の声を聞いて、途端に冷静になった。

 「は?」

 「できれば、毎日……」

 「いや馬鹿じゃねえの」

 バイト辞めろってか。