健人の出してくれた冷たい日本茶を飲んで、しばらくのんびりしたあと、わたしは唯子と桜庭家を出た。
「わたしなんかと二人でいいの?」少し先を歩く背中に問いかける。
「だって」と、風に飛ばされてしまいそうな声が言った。
「健兄がいなくなっちゃうから」
「健人?……健人は、唯子ちゃんと一緒にいようと思ってるよ?」
嘘なんかじゃない。実際、健人本人が言っていた。
けれど、唯子はふるふると首を振った。
「健兄は……わたしのこと嫌いなんだよ」
わたしは唯子の隣についた。彼女の顔を覗く。
「どうして? そんなことないよ、唯子ちゃんのこと大好きだよ」
「本当にそうなら嬉しいけどね。違うんだよ」
「なんでそう思うの?」
「健兄は、どんどん遠くに行っちゃう。……わたしが、ちゃんとしてないから。……健兄はきっと、疲れちゃったんだよ」
唯子の声が、少し震えた。
「そんなことないよ。健人、言ってたよ。唯子が大切だって」
「言葉はいつも、どこかに嘘を隠し持ってるんだよ」
どこかの言葉を持ってきたように、唯子は言った。「映画で、青野倫子が言ってた」と続ける。
青野倫子と言えば、おりんという愛称を聞けば、わたしと大して年齢の変わらないような人でもわかるような女優。年齢は五十歳前後で、とても綺麗な人。
どんな作品に出ているのかは詳しく知らないけれど、断る仕事はほとんどないらしく、一時期、バラエティ番組によく出ていた。ドッキリで顔に大量のクリームをかけられて、ケーキってこんな気持ちなんですねと楽しそうにしていたのをよく覚えている。
「好き? 青野倫子」
「大好き。一番好きな女優」
「へええ。そういえば、お母さんの弟が好きって言ってたな」
唯子は「見る目あるじゃん」と得意げに笑う。
「今年の冬にもね、主演の映画が公開されるの」
「へえ、すごい。結構出てるんだね」
「もちろんよ。青野倫子は日本一……ううん、世界一の女優だもん。海外の映画にだって出たことがあるのよ」
まるで自分のことのように自慢する唯子が、なんだかかわいく見えた。
「大好きなんだね」
「そりゃそうよ。世界でたった一人のお母さんだもん」
「わたしなんかと二人でいいの?」少し先を歩く背中に問いかける。
「だって」と、風に飛ばされてしまいそうな声が言った。
「健兄がいなくなっちゃうから」
「健人?……健人は、唯子ちゃんと一緒にいようと思ってるよ?」
嘘なんかじゃない。実際、健人本人が言っていた。
けれど、唯子はふるふると首を振った。
「健兄は……わたしのこと嫌いなんだよ」
わたしは唯子の隣についた。彼女の顔を覗く。
「どうして? そんなことないよ、唯子ちゃんのこと大好きだよ」
「本当にそうなら嬉しいけどね。違うんだよ」
「なんでそう思うの?」
「健兄は、どんどん遠くに行っちゃう。……わたしが、ちゃんとしてないから。……健兄はきっと、疲れちゃったんだよ」
唯子の声が、少し震えた。
「そんなことないよ。健人、言ってたよ。唯子が大切だって」
「言葉はいつも、どこかに嘘を隠し持ってるんだよ」
どこかの言葉を持ってきたように、唯子は言った。「映画で、青野倫子が言ってた」と続ける。
青野倫子と言えば、おりんという愛称を聞けば、わたしと大して年齢の変わらないような人でもわかるような女優。年齢は五十歳前後で、とても綺麗な人。
どんな作品に出ているのかは詳しく知らないけれど、断る仕事はほとんどないらしく、一時期、バラエティ番組によく出ていた。ドッキリで顔に大量のクリームをかけられて、ケーキってこんな気持ちなんですねと楽しそうにしていたのをよく覚えている。
「好き? 青野倫子」
「大好き。一番好きな女優」
「へええ。そういえば、お母さんの弟が好きって言ってたな」
唯子は「見る目あるじゃん」と得意げに笑う。
「今年の冬にもね、主演の映画が公開されるの」
「へえ、すごい。結構出てるんだね」
「もちろんよ。青野倫子は日本一……ううん、世界一の女優だもん。海外の映画にだって出たことがあるのよ」
まるで自分のことのように自慢する唯子が、なんだかかわいく見えた。
「大好きなんだね」
「そりゃそうよ。世界でたった一人のお母さんだもん」



