自分の部屋のように、健人の部屋の扉を開ければ、「たまにはノックをしておくれ」と部屋の主は言った。

 「ノックしても返事がなかったのよ」と、わたしは思い付きで返す。

 「それは失礼なことをしたね」

 「体調でも悪いんじゃないかと思って、悪いな悪いなと思いながら開けたのよ」

 「そうだったか」

 「で、今日はなに?」

 「おや」と言って、健人はにやりと笑う。「乗ってきたかい?」

 「馬鹿だね、諦めだよ」

 「諦め?」

 「普通の服ではここにいられないっていう諦め」

 健人は「ほう」と言った。どういう気持ちなのかは読めない。

 けれど、「じゃ、おれは」と残して、よっこいしょという様子でベッドから腰を上げる辺り、悲しんでいたりするわけではないみたい。

 「なんっか諦めきれないわ」と言ってみると、「諦めが肝心って言うよ?」と、健人は意地の悪い笑みを見せた。

 「おリボンつけて返してあげる」と言い返してみるけれど、彼の用意する服に素直に着替えてしまうわたしが言ったんじゃ、その言葉にはなんの力もない。でもやっぱり、あっちが諦めてくれれば、わたしがあんな似合いもしない服を着る必要もなくなるんだ。