5時間だけのメイド服

 かと思えば、「実はね」とまじめな顔をする、まあ、これも綺麗であることには変わりないんだけど。

 「ちょっと、お願いしたいことがあるんだ」

 「なに。それが家に来ること、とか言ったらぶちのめすわよ?」

 「なんて物騒な!」と、彼はぶんぶん両手を振る。「嫌だよ、暴力反対!」

 「ちゃんとまともな理由があれば、ぶちのめすとまではいかないわよ。引き受けるかどうかは別としてね」

 「……でも……」と、桜庭君はまたおとなしい顔をする。言い出すのをためらっているような、言葉を探しているような。

 「本当に、相川さんはいてくれるだけでいいんだ。難しいことなんてお願いしない」

 「それでなんで五千円もくれるのよ」

 「だって相川さん」と言って真っすぐにこちらを向いたその目は、細い目、だった。また背中がひんやりする。

 「いけないことしてるじゃない。自分の体と引き換えに、お金をもらってる」

 「変な言い方しないでよ!」

 ここは教室とか、周りにたくさんの人がいるとか、そんなことを気にするよりも先に叫んでいた。教室中の視線が一斉にこちらを向いたけれど、すぐに日常が戻った。

 桜庭君はにやりと笑う。

 「否定、しないの? じゃあやっぱり、そういういけないこと、してるんだ?」

 「だから、そういう言い方しないでよ」

 「どうしてそんなことをしてるのかなんて、訊かないよ。おれには関係ないしね」

 「だったら、そういう変なオブラートもどきに包まなくていいから」

 「じゃあなに? 先生に怒られるようなことしてるよね、とでも?」

 そう言えばいいのか、とでも言うように、彼の細い目はわたしを見上げた。

 「もういいよ、その話は」

 「で、放課後、お金をもらってる相川さんから、その放課後の時間をもらう以上、その時間で得ているお金も払うべきだと思ったわけさ。お金を払うのに深い意味なんかない。それともどう? 日給五千円じゃ話にならないような、すっごいお仕事、してるわけ?」

 「だから、あんたはなんでそう、深みのある言い方をするの? 別に、普通よ。法には一切触れてない」

 「法、には?」

 「うるさいね。変なところに引っかかるんじゃないよ。はいはい、一日五千円なんて言われちゃあ、今すぐにでも飛びつきたいくらい、安いお金で働いてますよ」

 「認めちゃったあ。あーあ、いいの? おれ、確信しちゃったよ?」

 「うっそ、うわあ。あーあ、言わなきゃよかった。後悔、後悔」

 わたしは思ってもいないことを言う。桜庭君だって、確信しちゃったもなにも、初めから確信して話しかけてきたんだろうに。

 桜庭君はまた、にやりと笑う。

 「ほら。秘密にしててあげるからさ。困るでしょう? あんなこと、先生に知られたら。先生、怒ると思うなあ。許可も得ずに、勝手にあんなことしちゃうんだもん」

 わたしは上目遣いに桜庭君を睨む。これほどかわいくない上目遣いなんて、ほかにないんじゃないかというくらい、睨む。

 ああ、なんて回りくどいんだ。

 家に呼びたいなら、その目的を全部話してくれればいいのに。それを聞いて、わたしが引き受ければ家に行く。断ればそれまで。どうしてそれじゃあいけないんだろう。