「唯子ちゃんはあんたのごはんが食べられればそれでいいんだよ? 同じような料理ばっかりでも、全然嫌じゃない。……疲れたの?」

 唯子が言っていたように。料理とか、下二人の世話とか。疲れたのかな。

 「違うよ、そんなことない」

 「じゃあどうして? わたしはいない方がいいんじゃない?」

 健人は足元を見つめている。

 「……相川さんは? もう、ここへは来たくない?」

 「ううん、そんなことはない。必要としてくれるならいくらでもくる。でも、いい加減……唯子ちゃんが……」

 かわいそうに思えてきた。それだけのこと。

 健人は意を決したように、深呼吸した。

 「おれたちは、来年の今頃にはもう、受験だ就職だと忙しいだろうね」

 「……は?」

 なに話逸らしてんのよと言いたくなったけれど、どうやらそういうわけではないらしい。

 「ええ、まあ、そうだろうね?」

 なにが言いたいんだろう。

 「進学、就職。どちらの道を選んでも、おれは、唯子と一緒にいられなくなってしまう」

 どきりとした。ああ、そういうことか。さっき言っていた、できるだけ一緒にいるというのは、そういうことだったのか。できる限り一緒にいるけれど、今と同じようにはいられない。だからあんなにも悲しそうだったんだ。

 「そりゃあ、できるだけ一緒にいる時間は作ろうと思ってる。でも、今のようにはいられない」

 なるほどね、やっぱりそうだ。

 「唯子はあの通り、人と接するのが苦手でね。それは学校でも同じなんだ」

 「え、まじで?」

 学校でもあの凶暴な様子だというんじゃ、それは確かに大変だ。

 「実は唯子は、すごく大人しくてね。正直、おれと唯人も、相川さんへの態度には驚いてるんだ」

 「へ、へえ……」

 わたしはむしろ、彼女の兄二人への態度に驚くけれど……。

 「唯子には友達がいないという。両親はこの通り忙しいものだから、なかなか話したりすることもない。心の拠り所が、唯子にはないんだ」

 「ほう……」

 「一時期、唯子は抜け殻みたいだった。ほとんど話さないし、まったく笑わなかった。なにかあったのって訊いても答えてくれないし、唯子のことをいろいろ教えてって言ってもなにも話してくれなかった。でも――」

 シスコンの兄というのは諦めが悪いものでね、と、健人は力なく笑った。

 「しつこく話を聞こうとしたよ。いつからか唯人も一緒にね。そうしてたらある日、唯子が泣いた。疲れた、って」

 「疲れた?」

 「確かに、感じないふりをするというのは、楽なものじゃない。おれも、それはわかっているつもりだった」

 「唯子ちゃんのこと、気づかないふりをするなんて辛いもんね」

 健人はこくりと頷いた。

 でも、感じないふりというのはなんだろう。唯子はなにに対して感じないふりをしていたんだろう。