5時間だけのメイド服

 リビングへ下りると、「健兄……」と唯子が悲しげな声を発した。わたしと同じメイド服に着替えている。――なんで唯子までこんな服を着る必要があるの?

 唯子はふらふらとこちらへ来ると、倒れこむように健人へ抱き着いた。

 「どうした?」と、彼はその髪の毛を撫でる。

 「嫌だ」と小さな声が言う。「行かないで」と。

 「どこへも行かないよ」と健人。その声が、どこか悲しそうに聞こえて、わたしは唯子から視線を動かせなくなった。健人がどんな顔をしているのか、確認するのが怖くなった。

 違う、そうじゃない、と言うように、唯子は彼の胸に顔を押し当てて、左右に首を振る。

 「……なんで……?」

 「ん?」

 「なんで一緒にいてくれないの? ……わたし……わたしが……」

 嫌な人だから?と、震えた声が、訴えるように尋ねる。嫌な人というより、怖い人だよ、とは言えない。と言っても、こんなことを考えるのもこの現状から逃げ出すためのようなもので、そうでもしないと、わけもわからないのにわたしまで泣きそうになる。

 「唯子」と、優しい声が彼女を呼ぶ。優しい、兄の声。

 「唯子は、嫌な人なんかじゃないよ」

 「じゃあっ……」

 唯子の叫ぶような声を、なんで、と受け取ったのは、健人も同じようだった。

 「一緒にいるよ。少しでも長い間、長い時間」

 ……お兄さん、妹さんは、どうしてと、理由を尋ねてるんですよ。ちゃんと答えてやってくださいよ。わかってるんでしょう?

 「健兄と一緒にいたい……。唯人も一緒がいい。みんなと一緒にいたい……」

 悲痛な息遣いに、鼻をすする音が続く。

 わたしはちらりと、ソファのそばにいる唯人君を見た。ただ悲しそうにしているだけで、唯子に手を差し伸べる様子はない。

 なにが起きているんだろう、とわたしは考える。ここへ来た瞬間、玄関での唯子の様子は、昨日と同じだった。わたしに敵意を剥き出しにして、唯人君が来ると、叱られないようにするためか、少し表情をやわらげた。それが、着替えを済ませて下りてきた途端こうなった。……どうした?

 「行かないで」と、唯子は言う。「行かないよ」と、健人は言う。唯子はなにを恐れているんだろう。健人は行かないと言っている。一緒にいると言っている。けれど、その健人もまた、どこか悲しそうにしている。唯子の悲しみにつられて、という様子でもない。彼は彼なりに、自分の悲しみを持っている、という感じ。