「いやあ、まったくハンドソープが見つからなくてねえ」と間延びした声が入ってきて、わたしは密かにほっとする。今の唯子には、兄が必要だと思うから。

 実際、「唯人……」と兄を呼ぶ唯子の声には、安心が滲んでいるように感じた。

 健人はぐいーっと伸びをした。

 「さて、始めますか。相川さんも手伝ってくれるね?」

 最後の一言で、唯子がまたよくない顔をする。――お兄ちゃん、もうやめてください、妹さんまじで怖いんですから……。もしもさっき、近くにワイン瓶でもあったら、思い切り投げつけられてたもん、きっと。

 「ああ、そうだ唯子。この間借りたCD、よかったよ」と、唯人君が助け船を出してくれる。よし、いいぞ唯人君、わたしはその船が見られただけで十分救われた、だから、その船にその妹を乗せて、どこか遠くへ――。

 唯子は近づいて行った唯人君の手を掴んで、くりっとした目で彼を見上げる。悔しいけど、ちょっとかわいいんだ、これが。小さな子供のようで。

 「それでさ――」となにか話しながら、唯子を乗せた唯人君の船は、ソファという港に止まった。

 「じゃあ相川さん、着替えてきて」と健人。

 「は?」

 「服。汚れちゃうから」

 「いや、別に構わない――」

 構わないんだけど、と言いたかったのを、彼はあの、細い目、で止めた。――あら嫌だ、お兄ちゃんも怖いじゃない、この家。