夕方、わたしはスーパーにいた。買い物かごを持った健人と、唯子にぎゅっと腕を抱かれた唯人君と。その場の雰囲気とか勢いとか、そういうのは恐ろしい。結局、夕飯を作るというこの頃まで、桜庭家にいてしまった。なにを作るかは材料を買いながら考えようとのことになって、今に至る。犯人は唯人君……だと思う。彼とお茶を飲みながら話しているうちに、こんな時間になっていた。

 「みんなはなにが好きなの?」

 「おれは丼もの」と健人。

 「ほう、即答だね。なに丼が好きなの?」

 「うーん……。天丼?」

 「へえ、なんか意外」

 すごいお洒落な、名前を聞いてもぴんとこないような料理が好きなのかと思っていた。

 「他は?」

 「オムライスとか、ナポリタン」

 「ええ、本当に意外」

 「相川さんは?」

 「わたしは……丼ものより、ごはんとおかずっていうのが好き」

 「そうなんだ」

 わたしは健人の耳元に口を近づけた。

 「お嬢様は?」と囁くと、彼は「お嬢様?」と不思議そうな顔をした。

 「唯子ちゃん。唯子ちゃんはなにが好きなの?」

 「ああ。梅が好きだよ。梅干し」

 「へええ。ああ、だから今日も、梅茶漬けとか、梅パスタとか提案してくれたんだ」

 「それに、あれらはよく、おれが作ってたから」

 「ふうん」

 一拍置いて、わたしは、「そう言えばさ」と言ってみた。

 「みんなのご両親って、なにしてるの? そんなに忙しいの?」

 尋ねてみると、健人はわかりやすく動揺した。

 「ああいや、別に深い意味はないし、知らなくても問題はないし、言いたくないなら言わなくていいんだけど」

 「あ、いや、そういうんじゃないんだけど……」

 「あんまりそう、もったいぶるようなことしないでくれる? なんとなく訊いただけなのに、気になってきちゃうから」

 「その……ああ、父さんは洋菓子店を経営してて」

 「ほう?」

 「うん。それで、忙しくしてる」

 「ケーキ屋さん、みたいなことでしょう? そんなに忙しいの?」

 「一人でやってるから」

 「みんなは手伝ったりしないの?」

 「やっぱり、自分たちのことだけで精一杯っていうか」

 子供だよねと、健人は肩をすくめて苦笑する。

 「まあ、そうだよね。お父さんは? ずっとお店の方にいるの?」

 「うん。朝は早いし、夜も八時まで店を開いてるから」

 「そうなんだね」

 「六時くらいで閉まれば、一緒にごはんを食べることくらいはできるんだけどね」

 健人は静かに言った。

 「……寂しい?」

 「おれは大丈夫。でも……きっと」

 そう言って、彼はちらりと、後ろに続く、恋人のような二人を目で振り返った。

 「二人は、寂しいと思う」

 特に、唯子――。呟くように、ぽつんと続けられた。そっと、なにかを添えるように。