5時間だけのメイド服

 一方の手を妹に独占され、もう一方の手で妹の髪を撫でていた健人が「お茶にしようか」と声を発した。ゆっくりとこちらを見る。じんわりと優しさの滲んだその穏やかな表情は、やはり綺麗。

 「相川さん、なにか好きな飲み物ある?」

 のんびりと尋ねた健人が、「痛い痛い」と妹へ苦い笑いを返す。――唯子お嬢様ってば怖い、お兄様の手に爪を立てたんだわ。

 「別に、わたしは要らないよ。大丈夫」

 「茶葉は豊富に取り揃えてるから、ある程度のところまでなら応えられると思うよ」

 いやいやいや、と心の中で返す。唯子めっちゃ怒ってるじゃん、なんでわかんないのよ――。わたしにかまうからそうやって爪を立てられるのよ。

 「緑茶にする? ああでも、紅茶も捨てがたいなあ」

 兄貴、わたしの話を聞いてくだせえ。わたしゃ茶など要りやせん。茶葉がどうと言われましても、いかんせん知識がねえもんで、よくわからんのですよ。わたしより、唯子ちゃんを気にかけてやってくだせえ。

 ふと、「いやあ、我が家もとうとう古くなってきたねえ」と、気の抜けた声が入ってきた。「トイレの鍵の調子が悪くて、危うく閉じ込められるところだったよ」と、唯人君は苦笑する。

 「唯人おかえり」と健人が返す。

 「お茶にしよう」と唯人君、「ちょうど今その話をしてたんだ」と健人。

 「唯子はなにがいい?」と、唯人君が台所へ入りながら尋ねる。

 「梅ソーダ」と、かわいい妹の声が答える。――お兄ちゃんには爪を立てるし、初めて会った年上の女に失せろだの帰れだのと睨みを飛ばしてくるけれど、結局はこの二人の妹であって、こうして普通にしていればかわいいんだよなあ。

 「了解」と唯人君。「相川さんは?」

 「いや、わたしは……」

 「うち、結構いろんな茶葉があるんだ。ある程度の要望には応えられると思うよ」

 なんか知ってるよ、このやりとり。ああ、兄弟だなあと再確認。

 「健兄は?」

 「おれ紅茶」

 「どれ?」

 「アッサムかな」

 「ストレート?」

 「うん」

 兄弟の当然のような表情を交互に見比べて、「え?」と声が出た。なになに、なにを言ってるのか全然わからない。アッサムって誰?

 「じゃあ僕も同じでいいや」と、なんでもないように言葉は続く。

 やめろよ、やめろよ、絶対こっちに振るんじゃないぞ――。わたしは必死に念じる。

 「相川さんは、好きなお茶、ある?」

 「え⁉」

 鈍感かよ――‼ わかってよ。わたし、茶葉がどうのと言われてもわからないんだってば。

 「えっとね、うーんと……あ、同じ! うん、みんなと同じでお願い」

 もう、どうにでもなればいいさ。お茶だっけ、紅茶とかいう単語があったから、たぶん、アッサムもストレートも、その紅茶の一種なんだろう。ブレンドティーみたいなものが出てくるのかな。うん、もういいよ。腹はくくった。どんなお茶でもぐいっといってやる。青でも緑でも紫でも、どんな色の液体でも来るがいい。ちょっと泡立っていたって、飲み干してやるわよ。