5時間だけのメイド服

 ふと、健人との輪の外からなにか強いものを感じて見てみると、ソファからはんにゃが睨んでいた。

 「ええ……」と声を漏らすわたしの横で、健人が「唯子は、夜ごはんなに食べたい?」と声をかけた。

 唯子は微かに表情をやわらげて、イヤホンを外した。

 「夜ごはん。なに食べたい?」と、健人が改めて尋ねる。

 「梅茶漬け」

 「遠慮しなくていいんだよ」と彼は言う。

 いや、わたしとしてはある程度遠慮してくれた方が助かるんだけど……。

 唯子は少し困ったような顔をする。じゃあ、というような感じで口を開く。

 「……梅餃子」

 それから一拍置いて、吐息のような控えめな笑いが聞こえたかと思うと、健人は唯子にそっと歩み寄った。ソファの後ろに立つと、優しく、彼は妹の髪の毛を撫でた。鬼のような顔をしていたその妹も、愛らしい顔つきになる。

 「いいんだよ、遠慮しなくて。美味しいもの、食べようよ」

 唯子は、顔を上げて兄を振り返り、なにかを求めるように手を伸ばした。

 健人が、「ん?」と手を出すと、それを大切そうに、両手で握った。

 なんだこいつ、かわいいじゃないの――!

 「夜、なに食べる?」

 少し間を置いて「なんでもいい」と答えた愛らしい静かな声に、健人は「うん、なんでもいいよ」と返す。妹の言いたいことはわかっている声だった。

 いや、唯子がなんでもいいって言ってるんだし、兄ちゃんが適当に作ってあげればいいんじゃないの? なにも、こんな妹がすっごい嫌ってる女に作らせないでさ。

 「……梅」

 「梅? そっか。梅干し使ったものにしようか」

 「ん」と頷いた唯子の声は、女のわたしが聞いてもかわいかった。

 あーあ。ふざけんなとか、馬鹿じゃねえのとか、そういうことを言っちゃうわたしなんかより、こういう女の子がモテるんだろうなあ。