5時間だけのメイド服

 食器の片づけを済ませて、わたしは「じゃあ、わたしはこれで」と、腰の紐に手をかけた。

 唯人君はトイレに行っており、唯子は、ローテーブルの手前、テレビに向き合うように置かれている必要以上にでかいソファに座って、耳をイヤホンで塞いでいる。そのイヤホンもまた、やけに高そう。ピンクっぽい色なのだけれど、独特な色味で、すごく綺麗。

 「えっ、ちょっと」と健人の声が飛んできて、わたしは「え、なに」と手を止める。

 「帰るの?」

 「え、なんで」

 「帰るの?」

 「当然でしょう。なんでまだいなきゃいけないの。もうごはん作ったじゃん」

 嫌だよ、唯子お嬢様に睨まれ、罵声を浴びせられるのも。

 「え、でも夕飯がまだ……」と、健人はもじもじする。

 「いいじゃん、いつも通り作れば」

 「嫌だよ、せっかく相川さん来てくれたのに。いろいろ教えてよ」

 「いいじゃん、あのパスタ覚えたんだから。また明日、なにか考えるよ」

 「あのパスタを教えてくれたからこそ、だよ。おれが普通に作ったら、昼ごはんとの落差が」

 「嬉しいけど……」

 五時間なんだよ、こういう時間は。そういう約束だったじゃん。それがなに、夏休みは例外だとか言うわけ? ごめんだよ、そんなの。だって怖いもん、やっぱり、あの唯子お嬢様。

 「まだ五時間経ってないよ」と健人。

 「いいじゃん。早退、早退よ」

 「困るよ。ああそうだ、じゃあ、夕飯、なにか考えていってよ。レシピ、残しておいて」

 「はあ? そんな咄嗟に思いつかないって」

 「だからさ、やっぱりいてよ。唯子も美味しそうに食べてた。ああいう顔、もっと見たいんだよ」

 「はあ?」

 このシスコンめ、というのは飲み込んで、「知らないよ」と返すけれど、彼は頼りない顔をする。見ていると、なんだか悪いことをしているような気分にさせられる、嫌な顔。

 わたしは大げさにため息をついた。

 「なにがあんのよ、この家」

 途端に、健人の顔が明るくなる。

 「いろいろあるよ。バスケ、サッカー、テニス――」

 指折り言葉を並べる健人を、「なんでなんで」と止める。

 「違う。料理の話。なに、バスケ、サッカー、テニスって。食材はなにがあるのかって質問してんの」

 「ああ、そういうことか……」と、少し残念そうな顔をする。

 「お米があるのと、乾麺がたくさんある。パスタも、うどんも、そうめんも。お蕎麦もあるよ」

 「他は?」

 「梅干しは常備してあるし、大葉もまだある。あとは乾燥わかめとか、冷凍のとろろとか……ああ、野菜もだいたいある。」

 「ふうん。調味料は?」

 「醤油とごま油はさっきのとおりで、塩とか、味噌とか、めんつゆ。お酢もある」

 「なんでもできるじゃない」

 「なにかある?」

 「いや、それだけあるんなら、あんたなりになんか作ればいいじゃん」

 「言ったじゃない、もうレパートリーがないんだって」

 「いばるこっちゃねえよ」とわたしは苦笑する。