「唯子、なに食べたい?」と、健人がいやに優しい声を発する。兄弟というだけあって、どこか唯人君に似ている。唯子様は、兄貴にも気を遣わせるお嬢様ということか。
「梅干しの炊き込みごはん」と答える唯子の声は、失せろだの帰れだの言っていたのとは、まるで別物だった。ああ、やっぱりわたし、このお嬢様に嫌われてますわ、健人お兄さん。
「気を使わなくていいんだよ。今日は相川さんが来てくれてる。なんでも作れるよ」
「……梅干しパスタ」
「そっか」と頷く健人は、やはりどこか悲しそう。
「よし、今日は梅干しを使ったパスタを作ろう」
「え、わたしそんなの食べたことないけど。作ったことも」
「えっ……」
まじか、とでも言いそうな顔で、健人が動きを止める。
「なにか、アレンジとか思いつかない?」
「アレンジもなにも。知らない曲を自分らしく歌ってって言われてるようなもんだよ」
「そっか……」
「ああ、ちょっと待って待って!」
あんまりにしょんぼりした顔を見せるものだから、つい言ってしまった。
「わかった、やってみよう。普段、どんなふうに作ってるか、教えてくれる?」
そこまで言ってしまうと、健人はぱあっと表情を明るくした。感情表現が豊かな人だな。
「普段は、パスタを茹でて、千切りの大葉と、バター、梅干し、醤油を混ぜて、さらに千切りの大葉を混ぜるって感じ」
「へえ」
頷く視界の端に、唯子のむっとした顔がある。ええ嫌だ、なんで怒ってるの、なんで怒ってるの? もう嫌だ、わたし泣きたい。なに、お兄ちゃんの作ったパスタに余計なことすんなってこと?
「ええーっと……でもなあ……十分美味しいんじゃないかな、それで。やっぱり、それでいいんじゃ……?」
「うーん」と悩ましそうに顎を触る健人。様子をうかがうと、唯子は先ほどよりもむすっとした顔をしている。なんで、え、なんで⁉ ああなに、お兄ちゃん困らせやがってってこと⁉ なに嫌だ、怖いよ、このお嬢様。
「うーんっと、じゃあそうだなあ、よしっ。じゃあ、いつもとはちょっと違う感じにしてみようか。美味しそうなの、思いついたからさ」
よし、そうしよう。
「えっと……唯子さ――」ああ、唯子様じゃなくて。「唯子さん――」じゃなくて。「唯子ちゃんは、梅干しが好きなの?」
「黙れ」
ひいい――! やっぱり怖いよ、この子。帰りたい……。
「梅干し、好きなんだよね、たぶんね? 唯子ちゃん」
健人に確認すると、「ああ、そうだよ」と頷いた。
「じゃあ、ここ、ささみはあるかな?」
「ささみはどうだろう……」
「ないんじゃない?」と言ったのは、ちょうど調理場に入ってきた唯人君だった。
「この間使っちゃったでしょう。あれから買ってなくない?」
「ああ、そうか」と健人。この二人だけだったら、この家はなんて平和なんだろう。
「じゃあ、ツナでいいや」
「ツナ。缶詰の?」
「そう。ある?」
「それなら……」
常備してあるんだ、と、健人が動いた。
「梅干しの炊き込みごはん」と答える唯子の声は、失せろだの帰れだの言っていたのとは、まるで別物だった。ああ、やっぱりわたし、このお嬢様に嫌われてますわ、健人お兄さん。
「気を使わなくていいんだよ。今日は相川さんが来てくれてる。なんでも作れるよ」
「……梅干しパスタ」
「そっか」と頷く健人は、やはりどこか悲しそう。
「よし、今日は梅干しを使ったパスタを作ろう」
「え、わたしそんなの食べたことないけど。作ったことも」
「えっ……」
まじか、とでも言いそうな顔で、健人が動きを止める。
「なにか、アレンジとか思いつかない?」
「アレンジもなにも。知らない曲を自分らしく歌ってって言われてるようなもんだよ」
「そっか……」
「ああ、ちょっと待って待って!」
あんまりにしょんぼりした顔を見せるものだから、つい言ってしまった。
「わかった、やってみよう。普段、どんなふうに作ってるか、教えてくれる?」
そこまで言ってしまうと、健人はぱあっと表情を明るくした。感情表現が豊かな人だな。
「普段は、パスタを茹でて、千切りの大葉と、バター、梅干し、醤油を混ぜて、さらに千切りの大葉を混ぜるって感じ」
「へえ」
頷く視界の端に、唯子のむっとした顔がある。ええ嫌だ、なんで怒ってるの、なんで怒ってるの? もう嫌だ、わたし泣きたい。なに、お兄ちゃんの作ったパスタに余計なことすんなってこと?
「ええーっと……でもなあ……十分美味しいんじゃないかな、それで。やっぱり、それでいいんじゃ……?」
「うーん」と悩ましそうに顎を触る健人。様子をうかがうと、唯子は先ほどよりもむすっとした顔をしている。なんで、え、なんで⁉ ああなに、お兄ちゃん困らせやがってってこと⁉ なに嫌だ、怖いよ、このお嬢様。
「うーんっと、じゃあそうだなあ、よしっ。じゃあ、いつもとはちょっと違う感じにしてみようか。美味しそうなの、思いついたからさ」
よし、そうしよう。
「えっと……唯子さ――」ああ、唯子様じゃなくて。「唯子さん――」じゃなくて。「唯子ちゃんは、梅干しが好きなの?」
「黙れ」
ひいい――! やっぱり怖いよ、この子。帰りたい……。
「梅干し、好きなんだよね、たぶんね? 唯子ちゃん」
健人に確認すると、「ああ、そうだよ」と頷いた。
「じゃあ、ここ、ささみはあるかな?」
「ささみはどうだろう……」
「ないんじゃない?」と言ったのは、ちょうど調理場に入ってきた唯人君だった。
「この間使っちゃったでしょう。あれから買ってなくない?」
「ああ、そうか」と健人。この二人だけだったら、この家はなんて平和なんだろう。
「じゃあ、ツナでいいや」
「ツナ。缶詰の?」
「そう。ある?」
「それなら……」
常備してあるんだ、と、健人が動いた。



