5時間だけのメイド服

 「唯子、なに食べたい?」と、健人がいやに優しい声を発する。兄弟というだけあって、どこか唯人君に似ている。唯子様は、兄貴にも気を遣わせるお嬢様ということか。

 「梅干しの炊き込みごはん」と答える唯子の声は、失せろだの帰れだの言っていたのとは、まるで別物だった。ああ、やっぱりわたし、このお嬢様に嫌われてますわ、健人お兄さん。

 「気を使わなくていいんだよ。今日は相川さんが来てくれてる。なんでも作れるよ」

 「……梅干しパスタ」

 「そっか」と頷く健人は、やはりどこか悲しそう。

 「よし、今日は梅干しを使ったパスタを作ろう」

 「え、わたしそんなの食べたことないけど。作ったことも」

 「えっ……」

 まじか、とでも言いそうな顔で、健人が動きを止める。

 「なにか、アレンジとか思いつかない?」

 「アレンジもなにも。知らない曲を自分らしく歌ってって言われてるようなもんだよ」

 「そっか……」

 「ああ、ちょっと待って待って!」

 あんまりにしょんぼりした顔を見せるものだから、つい言ってしまった。

 「わかった、やってみよう。普段、どんなふうに作ってるか、教えてくれる?」

 そこまで言ってしまうと、健人はぱあっと表情を明るくした。感情表現が豊かな人だな。

 「普段は、パスタを茹でて、千切りの大葉と、バター、梅干し、醤油を混ぜて、さらに千切りの大葉を混ぜるって感じ」

 「へえ」

 頷く視界の端に、唯子のむっとした顔がある。ええ嫌だ、なんで怒ってるの、なんで怒ってるの? もう嫌だ、わたし泣きたい。なに、お兄ちゃんの作ったパスタに余計なことすんなってこと?

 「ええーっと……でもなあ……十分美味しいんじゃないかな、それで。やっぱり、それでいいんじゃ……?」

 「うーん」と悩ましそうに顎を触る健人。様子をうかがうと、唯子は先ほどよりもむすっとした顔をしている。なんで、え、なんで⁉ ああなに、お兄ちゃん困らせやがってってこと⁉ なに嫌だ、怖いよ、このお嬢様。

 「うーんっと、じゃあそうだなあ、よしっ。じゃあ、いつもとはちょっと違う感じにしてみようか。美味しそうなの、思いついたからさ」

 よし、そうしよう。

 「えっと……唯子さ――」ああ、唯子様じゃなくて。「唯子さん――」じゃなくて。「唯子ちゃんは、梅干しが好きなの?」

 「黙れ」

 ひいい――! やっぱり怖いよ、この子。帰りたい……。

 「梅干し、好きなんだよね、たぶんね? 唯子ちゃん」

 健人に確認すると、「ああ、そうだよ」と頷いた。

 「じゃあ、ここ、ささみはあるかな?」

 「ささみはどうだろう……」

 「ないんじゃない?」と言ったのは、ちょうど調理場に入ってきた唯人君だった。

 「この間使っちゃったでしょう。あれから買ってなくない?」

 「ああ、そうか」と健人。この二人だけだったら、この家はなんて平和なんだろう。

 「じゃあ、ツナでいいや」

 「ツナ。缶詰の?」
 
 「そう。ある?」

 「それなら……」

 常備してあるんだ、と、健人が動いた。