淋れた魔法



心臓が、ど、ど、ど、…っと、脈を打つ。

ゆり先輩の、白くて華奢な手のひらが、おれに触れた。そこから黒のような灰色のような、あるいは目の前の海のようなものが、浸食していく気がして、背中に汗が伝う。


ゆり先輩が、好きだ。


だから触れたい。本当は、髪だって頬だって手のひらだって、ほかの場所だって、ぜんぶ、おれのものになればいいのにって思ってる。

だけど触れちゃいけないってずっと思っていた。

それなのに、彼女は奔放だ。
おれのことなんて何も知らないで。



「腕ありがとう」

「…先輩、これで手拭いてください」

「え…砂、さらさらだから汚れてないよ」

「それでも拭いてください」


持っていたウェットティッシュを差し出す。戸惑いながらも言われた通り手を拭いているのを確かめる。


「ごみもらいます」

「わたしが拭いたものだから…」

「いいから」


ごみなんて持たせられない。

先輩は何か言いたげな顔をしたけど、気づかないふりをして強引に受け取った。


「…土屋凜は本や映画をみた時、自分だったらこういう展開にするなあとか、こういう台詞と言わせるなあとか、そういう見方する?」

「え、いや…しないです」

「そっか。それなら、ちゃんとプロットを立てて物語を考えたほうがよさそうだね」

「はあ…詳しいですね」

「なんとなくだよ。プロットの書き方は自分のやりやすいようにするといいかも。見本をネットに上げてたりそういう本を出してる作家さんもいるから見てみるといいかも。それで最初は見様見真似でやってみたらいつか自分のやり方を見つけられるんじゃないかな」


これもアイツの受け売りだろうか。それとも、何かで知る機会があったのか。

アイツだとしたらまたへんな気持ちになりそうだから、聞きたくない。