君にさよならを告げたとき、愛してると思った。



顔を上げることができない。せっかく一緒にいるんだから笑っていたいのに、歌いたいのに、胸にかかっている深く濃い靄がそうさせてはくれなくて。


「……斉藤さんと飲みに行ったって、本当?」


なるべく平静を装って聞こうと思っていたのに、出した声は、自分でも驚くほど小さく低く、そして抑揚がなかった。


彼女の挑発するような上目遣いと甘い声が脳裏に浮かんでしまったから。


「斉藤……? ああ、行ったけど、なんで知ってんの? 俺、言ったっけ?」


ああ、雷が何重にも重なっている漆黒の雲を突き破った。


束縛をするつもりはないけれど、女の子と、しかも明らかに自分に気がある子と飲みに行くのはどうかと思う。


どうしてそんなに平然と私の前にいられて、顔色ひとつ変えずに答えられるんだろう。


「ユズ? なに怒ってんの?」


困ったように笑って私に問いかけながらも、指先はギターの弦を弄んでいて。


真面目に聞いているのに、怒っているのに、そんな態度の郁也に苛立ちが増幅していく。


私の心の中にあるイライラゲージが具現化されたとしたら、今確実にメーターを振り切って爆破し、木っ端微塵になった破片がメラメラと燃え盛っている。


「怒るよ! バカ!」


郁也のギターで歌う時間がなによりも好きなのに、ワンフレーズすら口にすることのないまま、バッグを持って講義室を飛び出した。