そうなんだ、いつもありがとね、と笑顔で返して彼女の余裕を見せてみようか。それとも、パシリに使われてるだけなのにずいぶん嬉しそうだね、とでも返してみようか。
どちらも笑って言えそうにはなくて、抑揚のない声で「そうなんだ」とだけ返した。
なんだか挑発的を通り越して、もはや戦闘態勢万端に見えるけれど。これはたぶん、私が卑屈になっているわけじゃない。
「あ、そういえば、フミ先輩に『ごちそうさまでした』って伝えてもらえますか?」
「え?」
「こないだ、飲みに連れて行ってもらったんです。聞いてますよね?」
なにそれ。そんなの知らない。なにも聞いてない。
ドクドクと鼓動が速まって、じわじわと体温が上がっていく。
それは郁也といる時のような心地いいものではなく、郁也といる時のそれがさざ波だとしたら、今はテトラポットを粉々に砕いてしまいそうなほどの荒波だ。
空は漆黒の雲に覆われていて、今にも雷雨が地上に襲いかりそう。
「……聞いてないけど」
「そうなんだあ。彼女さんなら、なんでも知ってるんだろうなって思ってました」
これは、完全に喧嘩売られてるよね。ああもう、ダメだ。イライラする。
言い返してやりたいけれど、それはそれでかっこ悪い気がして。
「本人に直接言えば?」
なんとか絞り出した声は、苛立ちや不快感を隠しきれていなかった。
上目遣いで見つめてくる斉藤さんを、今度は私が無視してその場をあとにした。
挑発に乗っちゃダメだ、笑って受け流せばいい、彼女は私なんだから堂々と構えていればいいとわかっているのに、年下の女の子からの挑発にまんまと引っかかって、バカみたいだ。


