君にさよならを告げたとき、愛してると思った。



***


「ユズ、呼んでるよ」


昼休み。研究室のドアから出ようとしていた女の子が、ドアの向こうへ姿を消すことなく立ち止まり、数秒後にくるりと振り返って私を呼んだ。


私を呼んでいるらしい人の姿はドアに隠れていて見えないけれど、三年も通っていれば他のゼミにも友達のひとりやふたりくらいいる。


誰かが資料でも借りにきたのだろうか。なんの疑いもなく席を立ってドアの方へ行くと、そこには意外な人物がいた。


「よう」


短く言った彼は右手を上げた。


彼の顔を見た瞬間、昨日の出来事を思い出す。


『俺のバンドで歌わない?』


確かに私にそう言った、昨日知り合ったばかりの友達でもなんでもない、名前さえ覚えていない彼。いや、確か“フミ”と呼ばれていたっけ。


「もう飯食った? ちょっといい?」


いい?と聞いたくせに私の返事を待たずに歩き出す。まだご飯を食べていないから良くはないのに、無視するのも失礼だと思った私は、つい彼の後を追ってしまった。


一度だけ振り向いて私がついてきていることを確認した彼は、言葉を交わすこともなくズカズカと廊下を歩いていく。


昨日は座っていたから気付かなかったけれど、背が高い。180近くはあるだろうか。背の低い私とは、頭ひとつ分くらいの差がある。