「そんな、最初から急に声出ないよ。ていうか、ずっと言いたかったんだけど、厳しすぎない? プロ目指してるわけじゃないって言ってたじゃん」
郁也が『男性アーティストの曲を女が原曲キーで歌ったって面白くもなんともない』と言うので、キーを四つ上げて歌っている。
back numberはただでさえキーが高いし、『花束』は音程の波が大きくて難しい曲だし、特に今日は朝から夕方までびっしり入っていた講義が終わった直後だし、急に声が出なくても仕方がないのに。
講義室に入ると自分でパイプ椅子を用意するようにして、向かい合ってもなんとか平常心でいられる距離まで少しずつ離してみたけれど、あまり効果はなかったようだ。
自分で椅子を用意する私を見て、郁也は「気が利くようになったじゃん」と言っていたので、気付かれないようさりげなく距離を空ける作戦は大成功をおさめたというのに。
「別にプロ目指してなくても、人に聴いてもらうことには変わりないんだから、やるからには本気でやるのが当たり前だろ。ほら、さっさと歌え」


