君にさよならを告げたとき、愛してると思った。



数分前まで鬼コーチだった人とは思えない発言だ。


なんて感情と表情がコロコロ変わる人なんだろう。怒ったり笑ったり、厳しくなったり優しくなったり、忙しい人だな。


二重人格なの?と聞いてみたら、また睨まれるかな。それとも、笑うかな。


ん、と窓の外に目線だけ向けた郁也につられて外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。


「送ってくれる……の?」


「家近いならいいけど」


「近くはないけど」


とっさに答えてしまったけれど、徒歩三十分ほどの距離は、郁也にとって近いのかな。遠いのかな。


わからないけれど、少なくとも、歩くのが苦じゃない私にとっては遠くもないし、人通りも車通りも多いから、ひとりで歩くのが危険な道でもない。


地下鉄なら五分で着くと言ったら、じゃあひとりで帰れと言われてしまうかな。


「じゃあ送る」


行くぞ、と先に歩き出した郁也は、背中に私の気配を感じるまで、ドアをおさえてくれていて。


後ろから「ありがとう」と言った私に振り向いて、「どういたしまして」と目尻を下げて小さく笑った。