二本のギターの隣にはパイプ椅子が置かれたまま。
郁也はそれに座ることなくスタスタと奥へ歩いていき、長方形のテーブルを囲んで置いてあるパイプ椅子をひとつ持ってきて、一メートルほど空けて向かい合う形で置いた。
ドアもそうだけど、基本的に気が利く人なんだな。
また意外だなと思いながら、ありがとう、と小さく言って、郁也が用意してくれたそれに腰かけた。
一メートルしか空いていないパイプ椅子の距離は、座ってみると思っていたよりずっと近かった。
郁也も私の向かいに座り、アコギを持って太ももに乗せると、弦に挟んでいたピッグを人差し指と親指に挟んで、それを弦に滑らせた。
今日はチューニングをしなくても大丈夫なのか、そのままウォーミングアップをするみたいに軽く音を出した。
なんて愛おしそうに弾くのだろう。
弾く、というより、愛でる、といった方が、表現として合っているくらいに。
「とりあえず、歌ってくれる? 『花束』でいい?」
顔をギターに向けたまま目線だけ上げた。昨日も『花束』と言っていたけれど、もしかして一番好きな曲なのかな。
「うん」
私が答えると小さく笑って目線をギターへ戻し、人差し指でボディ部分を四回叩いてから前奏を奏で始めた。