「ただ友達とカラオケで歌ってるだけじゃもったいねぇよ」


「で、でも」


「わかった、顔は見えないようにするから。動画出すとしても後ろ姿とか遠目とか、とにかくお前だってわからないようにする」


ああ、もう。だから絶対に目を合わせたくなかったのに。


どうしてそんなに楽しそうに笑うかな。私はたぶん、真剣なまなざしよりもずっと、彼の笑顔に弱いのに。


目つきが悪くて無表情のくせに、こういう時だけそんなに優しく微笑むなんてずるい。


あまり目を合わせないようにして、彩乃に差し出されたSNSの動画を見ないようにして、彩乃からなるべく彼の話を聞かないようにして。いや、最後のひとつに関してはできていなかったけれど。


とにかく、全部無駄になってしまったじゃないか。


でも、私はきっと、初めて『歌って』言われた時から薄々気付いていた。翌日に彼が私を探しにきた時に確信していた。


私はきっと、彼に頷くことになるだろうと。


「……わかった」


「まじ!?」


あまりにも嬉しそうに笑うから、なんとなく悔しくて、もう無駄な抵抗でしかないことをわかりつつも目をそらした。


手に持ったままだった焼きそばパンの存在を思い出して、彼に会う度に騒ぐ心臓をごまかすようにモグモグと頬張った。


「あとから『やっぱり無理』とかなしだからな」