君にさよならを告げたとき、愛してると思った。



私はおかしくなってしまったのだろうか。目を泳がせている郁也を見て、同時に安心もした。


幸せだと信じていた頃のふたりは、嘘じゃなかったんだ、と。


郁也はこんなにもわかりやすい。そうじゃなくても、私は郁也が嘘をつけば見破る自信がある。小さな変化でも、きっと気付ける。


だって私、本当はずっと気付いていた。


「あいつは……そうじゃなくて。……わかったよ。ちゃんと話す」


暖房をつけているのに、今日は一段と寒い。風が強いせいか、外の冷気を窓が防ぎきれていないようだった。


立ち上がってキッチンへ向かい、食器棚からマグカップをふたつ出して並べた。越してきたばかりの頃、ひとりで買い物に行った時に買ったマグカップ。


次の冬は、この色違いのマグカップにホットコーヒーを淹れて、ソファーに並んで座って、音楽の話をたくさんたくさんしようと思っていたっけ。


「仕事、本当に忙しくて。今までみたいに頼れる相手もいねぇし、リーダーになってからは、正直めちゃくちゃ辛くて……精神的に追い込まれてた」


私は今リビングにいないのに、顔を上げても目が合うことはないのに、郁也は俯いたままだった。


電気ケトルがカチ、と音を立てたのを確認して、コーヒーの粉を入れておいたマグカップにお湯を注ぐ。