どうしてこんな時に、よりによってこの曲を弾くのかな。さっきみたいに、全然違うアーティストの曲を弾いてくれていたら、この場から離れることができたのに。
カーテンが開いたままの窓の奥には、ちらちらと雪が降っていた。北海道の雪はふわふわしていて綺麗だけれど、それを見ても心が躍ることはなかった。
一昨年の今頃は、雪が降ったら『ヒロイン』の撮影をしようと話しながら、雪が降るのを楽しみに待っていたっけ。でも結局雪が降らなくて、撮影できなかったっけ。
ねぇ、雪が積もってるよ。いつでも雪の中で撮影ができるよ。雪が溶ける前にって急がなくてもいいよ。
ねぇ、もうback numberの最新アルバムが出てるよ。郁也はもう買ったの?
家にはないし、まだ買ってないのかな。それとも、車に置いてあるのかな。
私、予約するの忘れちゃったんだ。だって、郁也が予約したのか聞いてなかったから。
郁也が予約したのなら、私はしなくてもいいんだよね?
『予約するの一枚だけでいい』って、言ってたよね?
「ねぇ、フミ」
疲れてるんだよね。毎日残業して、終われば飲みに行って、夜遅くに帰ってきて--うまく笑えない私と一緒にいて。
私、どうやって笑っていたっけ。もう笑い方を忘れてしまった気がする。
郁也との距離は、たったの一メートル。手を伸ばせば、簡単に届く距離なのに。
一メートル先にある郁也の背中は、果てしなく、遠い。
「……私のこと、好き?」
郁也の背中に呟き、ギターの音にのせて静かに歌った。
私の声はもう届かないんだね--。


