なにも浮かばない。行きたいところ、たくさんあったのに。
「そっか。じゃあ、久しぶりに家で撮影でもしようか。なに歌いたい?」
「……なんでもいいよ」
なにも浮かばない。歌いたい曲、たくさんあったのに。
「……春になったらさ、円山公園にでも花見しに行こうよ。今年はバタバタしてて行けなかったし。でさ、『はなびら』……はもう撮ったから、『春を歌にして』でも撮ろう」
小さな子供を寝かしつけるように、私の背中をポンポンとゆっくり撫でた。
「……ん、そうだね」
春まで--私と一緒にいてくれるの?
次の撮影の話をするのが大好きだったのに、どうして笑えないのだろう。どうして心が躍らないのだろう。
なにも感じない。
もう疲れた--。
身体が芯まで冷え切っている状態ではなかなか眠りにつくことができなくて、でもなにを話せばいいのかわからなくて寝たフリをすると、すぐに郁也の寝息が聞こえてきた。
ずるいなあ。どうしてこんな状況で、そんなにすぐ眠れるのだろう。
私はいつから、郁也になにも言えなくなってしまったのだろう。
私はいつから、背中に郁也の体温を感じても、なかなか寝付けなくなってしまったのだろう。