君にさよならを告げたとき、愛してると思った。



ギターを置いて立ち上がった郁也は、私がいるリビングにくることなく、寝室のドアを開けた。


「学生の頃と違って、ゆっくり趣味に没頭できる時間すらないんだよ。わかるだろ?」


そんな、面倒くさそうに言わないでよ。


わかってるよ。わかってるけど。


「仕事以外の時間くらい好きにさせてくれよ」


私と話す時間も、趣味に没頭できる時間もないのに、みんなと頻繁にご飯を食べに行く時間はあるんだね。


……こんなこと言えない。こんな嫌味でしかないことを言ったら、余計に怒らせて喧嘩になるだけだ。


温厚で怒ることなんて滅多になかった郁也は、最近はギターを持っていなくても、急に人が変わったみたいによく怒るようになった。


いや、もしかしたら、私がちゃんと見ていなかっただけで、少しずつ変化は訪れていたのかもしれない。


仕事が落ち着きさえすれば、とずっと願っていた私は、どんどん変わっていく郁也についていけなくて、戸惑うことしかできなかった。


いや、あともうひとつ、できることがある。


郁也の機嫌を損ねないよう、自分の気持ちを押し殺すこと。