郁也は当然のように“必要最低限の荷物”にギターを入れていて、それをさっさと私が指さしている部屋に置いた。


音楽の話になると私の言い分が通ることはほとんどないから、言うだけ無駄だということはわかっていたのだけれど。


郁也の言う通り寝室は寝るだけだから日当たりなんて気にならないし、家で動画撮影ができるのは嬉しいし、今日から始まる新生活にわくわくが止まらなくて言ってみただけ。


郁也の会社は、札幌の中心部である大通。会社の近くに住むのかと思ったけれど、郁也が選んだのは清田区というところだった。


実のところ私は、どんな部屋なのか、どの地域に住むのかを事前に聞かされていなかった。というか、会社の近くに住むものだと思い込んでいたから、聞いていなかった。治安が良さそうで家賃も安いとこにした、とだけ聞かされていた。


確かに名古屋と比べるとかなり安くて、郁也が名古屋で住んでいた1Kの家と比べても、家賃が急激に高くなることはなかった。


でも都会だと思っていた札幌は中心部から外れると意外に田舎で、郁也が選んだこの清田区はまさにそうで、地下鉄もJRも通っていないようだった。