巻き込まれ召喚された身でうっかり王子様に蹴りを入れたら、溺愛花嫁として迎えられることになりました【WEB版】


「し、始祖様を首に巻いておりますが……その、そちらの姫君はいったい……」

 と、一段下にいた家臣の方が恐る恐るといった様子で私の肩に載る黒檀様を見た。
 ……確かになぜ私の肩が定位置みたいになってますね、黒檀様。

「エルフの国の城でメイドを務めていたそうだ。なぜ人間の娘がエルフの国にいたのかは知らないが……」
「もしや、例の『貴族老婆誘拐事件』となにか関係が?」

 陛下の説明に、すかさず一段下反対側の御仁が声を上げる。
 なんということでしょうか。
 正解です!
 ……でも詳細は申し上げられません。
 王妃様もニコッとされてますから!

「それにしても、ずいぶんと身なりの悪い娘ですね。陛下の御前に出るというのに、質素な格好で……」

 ひええええっ!
 早速苦言を呈されました!
 そしてやはり発言は陛下より一段下の方のみ。
 階級のようなものなのでしょうか?

「そうだろう、そうだろう!?」

 と、乗っかったのはなぜか藍子殿下。
 なんで嬉しそうなのでしょうか?

「わらわもそう思うのよ〜! でもリセ様ったら謙虚な方でね〜! 『この国に来たばかりで、お国になんの貢献もしていないうちから高い着物など身に纏えません。次期王妃として相応しい働きができた暁には、自分で稼いだお金で着物を買います』って言うのよ〜〜〜!」

 それは言ったことないですが、私が言いそうなことではあるかもしれません……。
 さすが王妃様。

「どこかのご令嬢のように、大した働きもしてないのにお高いお着物を何着も着回しているわけじゃないのよね〜ん。“同じ王妃候補”のはずなのに、国を想う気持ちや国民の税金でどんな服を着るのか……そこまで意識してのこの格好なのよ〜。立派だと思わなぁいん?」
「ぐっ……」

 ……なにやらとてつもなく痛いところを王妃様に突かれた模様です。
 なるほど、最初からこうするつもりだったのですね。ひぇ。

「確かにそなたの娘、蒿里(こうり)は後宮でずいぶん散財しているそうだな。仕事もあまりしないと聞く」
「そ! そ、そんなことは……」
「あらぁ、頼んでもないのに突然後宮に入ってきて藍善に勝負を挑んで負けたのに出て行かず、ずっと居座ってるの、わらわ困ってるって散々言ったわよねぇ〜? 連れて返ってほしいな〜って」

 にこり、とお妃様が私の格好を指摘した男性を釣り上げましたね。
 男性はいかにも「しくじった」という焦った表情。
 しかし、お妃様は今更遅いと言わんばかりです。

「今日にでも連れて帰ってくれないかしらん? 正直仕事もしてくれないからただただ邪魔なのよね〜。菜々や円歌の言うことも聞かないしぃ」
「も、申し訳ありません。しかし、後宮の『仙森(せんしん)』区画は男子禁制。私が入るわけには……」
「それなのよねぇ」

 あら?
 後宮は男の方も普通に出入りできると聞きましたが……やはり男性が入れない区画があるんですね……?

「よりにもよって『仙森』の屋敷に入るんだもの。上手くしたものよ。他の娘さんたちもよ?」
「「「…………」」」

 その方の娘さんだけではないんですね!
 複数人の方が思い切り目を背けましたよ!
 
「で、では! こうしてはいかがでしょうか! リセ様に娘たちを『仙森』より連れ出していただくのは!」

 と、言い出したのは一番右側で最初に私を睨んだ方です。
 いえ、あの待ってください。
 私はその『仙森』がなんなのかもよくわかっておりません。
 連れ出すってなんですか?
 ええ?

「まあ、自分たちの不甲斐なさをリセ様に押しつけるつもりかしらん? やだ〜、殺すわよ?」

 お妃様ぁ!?
 とても物騒〜!

「『仙森』の件なら俺も手を貸せる。母上、ここは我らに任せていただけないだろうか? そうしたらリセを皆に認めてもらえるのだろう?」
「え」

 にっこりと藍子殿下が微笑み、家臣の皆さんを見下ろします。
 あのー、どなたか私は今なにに巻き込まれているのか教えていただいていいでしょうかね?

「……み、認めるもなにも……殿下に勝利したという話が真ではあれば、我らからなにかを申すことなどありません」
「そうです。……ただ、殿下に勝利したのが、まったくの偶然と聞かされれば……それならば我が子が殿下に正々堂々挑んできたのは、なんだったのかと……! そう、思わずにはいられないのです」

 なるほど、確かに正々堂々戦いを挑んできた娘さんをお持ちでしたら、私のようなぽっと出の人間風情がたまたま足を上げた先に殿下の股間があってうっかり金的してしまったから勝ち、なんて納得いきませんよね。
 安心してください、私もいまだに納得——いえ、意味がわかっておりません。
 でも藍子殿下が私に『心を折られた』というのでは、私の方でなんとかすることは不可能……。
 ちらりと藍子殿下を見れば、王妃様と同じ悪巧みなお顔。

「…………」

 そういえば、私はあまり、まだ殿下とゆっくりお話しする機会に恵まれておりません。
 結婚するのは、殿下が死んでしまうくらいなら私の一生でお仕えするのも仕方がないと思いました。
 でも、殿下は……。

『リセが死んでしまう……』

 私が倒れた時、そう言って本気で心配してくださいました。
 私をあんな風に心配してくださったのは、二年前の『彼女たち』と殿下だけ。
 私はいつも間違えてしまうから、いつか殿下も彼女たちのようになってしまうのだろうと……勝手に思ってますが……。

「…………」

 会う度に、不思議な感覚を覚えます。
 こんなのは初めて。

「では、我らが立会人となり、正式にリセ殿と我が子、藍善の婚約を認めることに同意する——ということで異論はないか」
「「「はっ」」」
「!」

 え? あら?
 ぼーっとしていたらいつの間にか話が終わってました?
 た、大変です!
 なにひとつ聞いていませんでした!
 先程の『仙森』の件はどうなっだのでしょうか!?
 なんとなくあの流れだと私が巻き込まれているのは間違いないような気がしますけれどー!

「リセ」
「! あ、は? はい」

 なにが起きているんですかね?
 とりあえず周りをよく見てみると、盃が用意されていた。
 殿下が私へ手を伸ばすので、うっかりそれに手を乗せてしまいましたが……。
 そのまま立ち上がり、陛下たちの前、家臣の方々の前へと歩み出し、盃を挟むように座らせられます。
 ぶわりと変な汗が出てきて、なにやら大変なことが起こりそうな予感。

「それではこれより、正式に二人の婚約を認める『婚約の盃』を交わす。黒酒を持て」
「こちらへ」

 陛下が告げると、お妃様が真っ黒な瓶を持ってこられる。
 その中身を盃に注ぐと、驚きました。
 瓶の中身は真っ黒な液体!
 墨汁のようです……。
 でも、匂いはお酒。

「リセはこの国の民ではないから知らないと思うが、婚約を交わす時はこの酒を一つの盃に入れ、婚約を交わす者たちが二人で半分ずつ飲むのだ」
「そ、そうなのですね」

 藍子殿下の説明のおかげで、これからやるべきことはわかりました。
 が、しかし!
 私としてはこの黒いお酒が、本当にお酒なのかが気になります。
 の、の、飲んで大丈夫なんでしょうか? これ。

「婚約を申し込んだ側が先に飲む。問題ないか?」
「……は、はい」

 あれ、でも、王太子に毒味もさせずに飲ませて良いのでしょうか?
 ですが、珍しく決まりごとのようですし、外から来た私が口を挟むべきでは……いえ、しかし……!

「あ、お待ちください!」
「?」
「わ、私から飲ませてください! 殿下は王太子……次期国王陛下です。そんな方が毒味もなしにお飲み物を口にしては危険です!」
「っ」

 ざわ、と……家臣の方々が大きく騒つきました。
 わ、私はなにかまずいことを言ったでしょうか?

「…………リセ……」
「え、あ、す、す、す、すみません……で、でも……ですがっ……」

 私は、間違ったことは言ってないと思います、はい!
 だから盃を持ち上げて、半分飲む。
 より大きな動揺の声が上がったけれど、万が一ということもあるではありませんか!

「リセ! なんてことを!」

 殿下にも怒られましたが——。

「殿下のお命の方が大切です!」

 私はあなたを生かすために結婚することにしたのです。
 すると、殿下は真っ赤になって、しかも目に涙まで滲ませてしまいました。
 な、泣かせてしまいました……!?

「……見事……」
「ええ、素晴らしいわ、リセ様! 王太子妃として、王太子の命を最優先にする……百点満点なの〜」
「……え、あ……」
「ああ、実に見事だ! 伝統よりも、そして己が命よりも藍善の命を優先した! これで皆、文句はないな!」
「「……ははぁっ」」

 藍子殿下がぐい、と盃を傾けて中身を飲み干しましす。
 これで、婚約は成立。
 私は名実共に殿下の婚約者になりました。