白峰月 序十三日


ビリー。

夏の休暇を前に、王城で催される夜会の招待を受けました。

入学前に作った衣装でも大丈夫かな。
リディアに見てもらおうと思います。

王妃様への謁見があると聞きました。
今からとても楽しみです。





長期休暇を前に『王の庭』の星二つ以上の者は、王城に召し出される。
王妃から労いをいただき、今後もよく励むようにと毎年同じ日に夜会が催される。

『王の庭』とは呼ばれているが、学院自体は代々の管轄が王妃府になるので、この夜会での国王との謁見はない。
王城に勤める重職が数人と招待を受けた生徒のみ。その他の列席はないので、王妃主催とはいえ、列席者は百を数えるほど。
規模はかなり小さいといえる。


夜会の開始時間に合わせて、王城にほど近いハリントン家の別邸で準備をさせてもらうことになった。
リックの本家ではなく、分家筋、リディアの両親の所有する別邸だ。

邸宅付きの侍女は親世代より少し上で、雰囲気は寮長様と似ている。
この世代の女性がこうなってしまうのかも知れないが、リディアもマリオンも、有無を言わさない指示に全て応とわたわたなりながら従った。

仕上げに風呂から出てきたマリオンは、頭から大きな布を被って、それを身体に巻きつけている。

先に浴室を使ったリディアは、下着姿で腕を組んで衣装の前に立っていた。

壁に並んで掛かっているふたりの服を睨んでいる。

ちなみに入学時のまま、荷物の隅にぎゅうぎゅうに詰め込まれていたマリオンの衣装は、侍女の手によってシワひとつない新品のようになっていた。

マリオンはリディアの横に立ち、こそりと下から覗き込むように見上げる。

「私の衣装、これで良いと思う?」
「うん……かわいい! 絶対マリオンに似合う!!……と思うけど、質素すぎじゃないかな」
「上からローブ着るんだよ? 派手な必要ないと思う」
「ああ、そっか」
「……質素は失礼になるかな」
「失礼にはならないよ。逆に目立つと思うけど」
「悪目立ち?」
「悪目立ち」
「あら大変」

この後起こることを予測して、リディアと顔を見合わせてくすくすと笑い合う。

高位貴族の生徒たちは、それは豪勢で煌びやかな衣装だろうと容易に想像はつく。
その中にあって真っ黒なローブはかなり目立つだろうが、王城では騎士の帯剣と魔術師のローブ着用は然るべき礼儀だ。
着ない方が失礼なのだから、ローブに合わせていくと中の衣装は嵩張らない方が良い。

となるとやはり質素に見えてしまう。


「リディアの衣装は素敵だね! すごく良く似合うと思う!」
「う……うううん……行きたくない……」
「まだ言うの? 私、リディアと行けるの嬉しいし、すごく楽しみなのに!」
「私もマリオンと行けるのは嬉しいし楽しみなんだけど」

招待された生徒は、男女での夜会参加と決まっている。

生徒同士で組になるのも良し、婚約者のように決まった相手を相伴するも良し、身内と一緒に、という参列の仕方もある。

招待がきて早々、マリオンが相手に悩む間も無くカイルに誘われる。ふたり共に都合が良いと考えてすぐに快諾した。

リックが誘ったのはリディアで、みんなの期待の目に負けて渋々と返事をした後も、いまだ往生際悪く駄々をこねる。

「相手を逆にしてくれないかなぁ」
「私は別に良いけど、リックが何て言うか」
「リック・ウィリアムは別に誰でも良いから私だったんだよ……カイルの方が嫌がるって」
「なんで?! リディアの何が不満なの?!」
「…………さぁね。カイルに聞いてみたら?」

リディアは上下別れた、騎士服に倣った、背筋の伸びるような意匠の服だ。
丈の短い上衣に、腰回りがすっきりと、下に行くほど広がるスカート。腰には剣帯と儀礼用の美しい長剣がぶら下がっている。
結うには短い髪を後ろにまとめて、耳の後ろには金の髪に映える紫の生花が飾られている。

マリオンは白の紗の布が重なった、こちらもすらりとした衣装だ。
素材は軽いし、こぼれて出るほど大きな胸でもないので、首の後ろで結んだ細いリボンだけで衣装を引っ張り上げている。
胸のすぐ下できゅっと絞られ、その下は歩けばさらさらと広がるが、嵩張ってはいない。
胸元全体と膝辺りから下にはローブと同じ草花の精緻な刺繍がしてある。
夜会なので肩は出しても差し支えないだろうが、刺繍の糸と同じく、光沢のある黒の長手袋を着ける。
そのどちらもローブの下になるから、意味ないけどねとマリオンは笑った。

黒髪を結い上げるのは勿体ないと言われたので、ゆるく波打つのを垂らしたまま。邪魔にならないように横を編み込んで銀の小花の髪飾りを着けてもらった。

まあこれもフードをかぶってしまえば、どうだろうと関係はない。

「その髪飾り可愛いね」
「うん……なんかカイルがくれた。夜会に着けて来てって」
「……ほう?」
「フード被っちゃうから髪留めなんて要らないって言ったのに」
「貰ったから着けたんだよね? だったらカイルに見せとかないと」
「うん……だよね」
「……あ……被らせないためか」
「どうして?」
「ふふ……どうしてかな?」
「カイルに聞いてみる」
「野暮だからやめときなさい……それからこう」

リディアはローブを広げ、後ろに回して、マリオンの両肩を出す。
それなりに厚手なので後ろに引っ張られる感じがする。

「首が苦しいよ」
「ああ、ごめんごめん」

留める位置を直して苦しくないように調整していると、迎えが来たと声をかけられた。

げんなりした顔のリディアの腕に自分の腕を絡ませて、マリオンは引っ張るようにして部屋を出る。

玄関広間にはこちらも騎士服に倣った意匠の、儀礼用の剣を腰にした青年ふたりが待っていた。

リックが一歩前に出てにやりと口の端を片方だけ持ち上げる。

「リディア・ベル! 見違えるな!」
「……うるさい」
「褒めてるんだぞ?」
「……見るな」
「もう、リディアったら。かわいいんだから」
「ほんとほんと、ねー?」
「ねー?」
「マリオンも良い仕上がりだね」
「それほめてるんですか?」
「ほめ言葉はカイルからね。俺は遠慮してんの……ほれ、カイル」
「ん……ああ、ふたりとも良い仕上がりだ」
「おいぃぃ……お前は馬鹿か」
「黙れ……行くぞ」

リックの家の立派な馬車に乗って、王城に向かう。

楽しそうにもぞもぞ落ち着かないマリオンの様子に、不機嫌な顔だったリディアも向かい側に座っていつもの様子に戻っている。

「嬉しそうだね、マリオン」
「うん。私、王城に行くの初めてだから!」
「そうなんだ?」
「リディアは?」
「私は……ていうか、騎士家系の子どもは王城に上がる機会はそれなりにあるし」
「そういうもんなの?」
「連れられて行くもんなのさ」
「へぇ……じゃあ色々案内して下さい!」
「俺よりカイルの方が詳しいよ」
「そんなことは無い」
「んもう、俺の適切ぶりを無駄にするなよ……お前が今夜のマリオンの相手だって自覚はないのか」
「……だったな」
「カイルが嫌ならいいですけど」
「そうじゃない……俺は……リックみたいに口が上手くないからな」
「わぁお。軽薄みたいに言われた!」
「適切だろ?……説明が不充分かもしれないが、俺で良ければ」
「ありがとう、カイル」
「……いや」

にこにことしているマリオンをカイルはずっと見つめている。
ずっと見つめていることに気付かず、それを止めることに思い至るまでがかなり遠そうだ。

軽く眉をしかめたリディアは、隣にいるリックを見る。リックはにっと笑って何と目で返事をした。

「……まさか……無自覚?」
「当たり!」
「はぁっ?!」
「面白いよねぇ」

主語の無いふたりの会話に、マリオンは不思議そうな顔をして少し首を傾げている。
リックはさらににこにこと笑う。

「こっちは眼中に無いしねぇ」
「……当たり……」
「面白さ倍増だよねぇ」
「性格悪……」
「今さら言う?」
「直す気無いなら何度でも」
「……ふたりは仲良しさんだね」

リディアとリックが同時に正反対の返事をしたので、マリオンはやっぱり仲良しだと笑いながら返した。




夜会と銘打っているが、まだ夕闇は気配すらない。

暖まった空気も夜はまだまだだと告げるように、馬車を降りた四人にゆっくりと纏わり付いては通り過ぎていく。

城門を通り過ぎて、しばらく敷地内を馬車で進んだが、それでも端の方だとカイルが言った。
律儀に到着した瞬間から始まった案内に、マリオンはにこりと笑って頷いて返した。


王陛下の住まう場所はいくつもの建物を挟んで最奥。

手前には政を行う政館や、外交をする迎賓館、その手前が今回の会場だ。
さらにその手前の一部は一般の民に開放されてもいる。

マリオンたちが招待されたのは、ほんの一歩分だけ内側の場所といえる。
しかし城内は城内。
王妃もお出ましになるので、警備は騎士の数も侵入を阻む魔術も厳重ではあった。



夜会の開始まで少し余裕がある。
呼び込まれるのは上級生が先なので、待ち時間を、許された範囲で歩いて散策することにした。

なるべく全体が見えるように庭園の端まで行って、ついでに木陰に入る。

「うーん……外から見た方が分かりやすかったかも」
「……そうだな」
「でも外から見たより広いのは分かりました」
「……案内する程のことも無かったな」
「私は楽しいですよ?」
「うん」

腕に掛かっているマリオンの手をするりと撫でると、カイルはこっちに、と歩き出す。

リックとリディアは何かとそれぞれ理由を付けて、散策には来ずに、おとなしく前室で待機している。

広い庭園には、その前室でおとなしく出来ない数組が、ぽろぽろと点在していた。

カイルが影の下を選ぶように歩いて、マリオンを水辺に連れて行った。

人の手で造られた小川が流れ、そこにだけ少し涼しい風が吹いている。

「……マリオン」
「はい?」
「……その…………髪飾り」
「あ! ありがとうございます。ちゃんとお礼言ってなかったです」
「いや、そうじゃなくて…………よく似合ってる」
「自分の趣味を自分で褒めた!」
「いや! マリオンもきれいだと思ってる」
「はは……いいですよ、私に気を遣わなくったって」
「そんなつもりは無い」
「はいはい」
「…………こうやって取って付けたみたいになるから言いたくなかったんだ」
「ですね」
「こういう部分はリックを見習いたい」
「私で練習したらいいですよ」
「練習?」
「はい。いつかカイルの恋人になる人に、取って付けたみたいにならないように」



くすくすと笑っているマリオンを横目で睨む。

どうして無性に腹立たしいのか。

腹立たしさの方が優って、カイルはその理由を突き詰めるまでに考えが至らない。