鴻舞月 終十九日


ビリー。


どの地方であろうと、お祭りは楽しいものです。

この年の収穫を喜び、次の年もという願い。
この地や何かに改めて感謝を捧げたいという想いが強いほど、余計に楽しく感じられます。

来年も予定は空けておくことにします。





一応とは付くが城都の内に学院はある。
がしかしその風景は長閑のひと言、周囲には大草原と森しかない。

大事な子どもを育てる場所であるから、賑やかで人の多い場所では障りがある。
というのが建前。
本音は想定される良からぬことから隔離するのが目的。

良家の令息、令嬢方の身を守るため、逆に生徒が悪事を働かないため、何事か起これば内々に処理するために城都の中心からは遠く離れている。



秋も深まってそろそろ冬の支度が始まる。
収穫祭の時季がやってきた。

それぞれの町や村、集落でも、日は異なるが祭りは催される。

その日は学院から最寄りの、小さな町で開催されるというので、マリオンとリディア、そのお守り役としてリックとカイル、いつもの四人で出かけることになっていた。


「ビクターは行かないの?」
「…………いい。あいつらと一緒だろ?」
「そうだけど……祭りは良い気が満ちてるから、行っといた方が」
「…………行くとしてもひとりで行く」
「大勢はダメなの?」
「……マリオンだってひとりが良いくせに」

ビクターに呆れたように言葉を投げられて、マリオンはにやりと口の端を持ち上げた。

そもそもの性質からして魔術師は独立心が強い。これは良い言い方だが。
要はひとりで平気、なんならその方があらゆる面で楽だと思う傾向が強い。

これも仲間意識が強く、団結力を重んじる騎士たちと合わない要因でもある。

「人とのお付き合いも大切でしょう?」
「別に騎士とつるむ必要ない」
「見識を広めるのも重要だもの」
「……モノは言いようだね」
「私、別に嫌いじゃないし」
「ま、そりゃ見てりゃ判るよ……俺が苦手なだけ」

いってらっしゃいと手をふらふらさせているビクターに、マリオンはため息で返事をして術師科の棟を出る。

扉を開いたところでリディアがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。

「リディア! 迎えに来てくれたの?」
「あー、うん。ちょっと早く終わったから」
「ありがとう」
「いいのいいの。じゃあ行こうか」
「はい!」


学院では三つ星より上になると、一日の行動を自分で決められる。
四人は午前中をそれぞれ自分の時間に充て、午後から祭りに行こうと相談していた。

本校舎の教員に外出許可証をもらいに行く。
同じように許可証を受け取っているリックとカイルに折りよく会った。

本来ならば護衛が必要で、その手配や段取りに手間がかかる。前もって学院外に出たいと届けを出した時、そこに書かれた名前を見ただけで、担当教員はただ気を付けるようにと言って終わった。

当日に受け取った許可証を門番に見せ、名簿と照らし合わせる。用事を済ませて学院に帰った際に許可証を回収されて無事に帰った、という具合だ。

とは言えこの日に出かける予定の生徒は四人以外に居ないようだった。

良家のご令息、ご令嬢は小さな町の収穫祭などに興味は無いらしい。

去年もその前も気を取られることが他にあったので、この地の祭りに参加するのは初めて。マリオンはこの日を楽しみに指折り数えて待っていた。

「マリオン、どっちにする? 私の後ろ? カイルの後ろ?」
「うん? 私先に行ってるよ?」
「は?!」
「だって馬、苦手……」

手綱を引いていたリディアは、盛大に顔を歪ませている。

これから行く町には以前に必要な物を揃えに行ったことがある。
その時に転移先になる門を作っているのだとマリオンは説明した。

「えー? じゃあ俺マリオンと一緒に」
「あー無理無理。私専用だから」
「なんだよもー!」

リックががくりと頭を下げると、カイルが黙れと馬上の人になった。

待ってるからねとマリオンはローブを翻し、大きな光の輪をくぐって姿を消す。

「んーもう……移動も楽しみの内なのに」
「まぁこういうところは魔術師っぽいよね」
「三人なら早駆け出来る、急いで行けばその分長く滞在できるぞ」
「そうだけど」

つまらなそうな顔をしたリディアは、道中でのお喋りを楽しみにしていたのにとこぼしながら鎧に足を掛けた。

一足先に駆け出したカイルを追いかけるべく、リックにせっつかれて手綱を短く握った。




祭りは町の大通り全体を使って行われている。

食べ物の露店や、中央広場には旅芸人、収穫された野菜の大きさを競ったり、家畜の重さ当ての催しもあった。

それらはみんなが到着してからよく見ることにして、マリオンは本屋や宝飾店を巡ることにする。

外国の本や、文字通り掘り出し物の鉱石を目当てに表通りから一本奥の通りを歩く。

以前に来た時とは違って人が多く出歩き、大らかな笑い声が聞こえた。
からりとした爽やかな風が細い路地を駆け抜ける。民家の窓も開け放たれて、開放感のある町の雰囲気を楽しんだ。

良さそうなものをいくつか手に入れて自分の部屋に飛ばす。

もうそろそろかと時機を見計らって、今度はマリオンが町の外れにみんなを迎えに行った。

「あ! いた!!」
「リディア! みんな! 早かったね」
「おかげさまで! ね!!」

リディアにむぎゅむぎゅとあちこち揉まれて、くすぐったさに身を捩った。

「もう一通りは見たの?」
「みんなが来るまでと思ってがまんしてた」
「よろしい……じゃあ行こう」
「うん!」

並んで歩き出したリディアとマリオンの背中を見ながら、男ふたりはその後をゆっくり追いかけた。

「いやぁ……女の子が仲良くしてるのを見るのも良いけどねぇ、カイル君よ」
「……なんだ」
「放っとくとホントにお守りだけになっちゃうよ?」
「そのために来たんだろ」
「わははー……このお馬鹿!」
「お前はそれ以外で罵る言葉を知らないのか」
「うん、俺も馬鹿だもん」
「も?」
「も!……いいからマリオンがふらふらどっかに行かないように付いてろよ。迷子にならない様に手でも繋いどけ」
「迷子になるわけ」
「無いと思うか?」
「…………マリオン」

カイルは前のふたりに追い付くと、マリオンの横に並んで、するりと手を繋いだ。

それを見たリディアがリックの方を振り向く。

にやりと笑ったリックに並ぶために歩みを緩めた。

「……何言ったの?」
「迷子になるぞ……って」
「なるわけ……」
「無いって言い切れるのかよ」

うっかり、とかぼんやり、とかではなく、しっかりと自分の意思を持っているからこそ、居なくなる時は自分の意思でしっかりと居なくなりそうな気がする。

そこで心配して右往左往しそうな自分は簡単に想像できた。

「うう……あり得る」
「あの残念を絵に描いたようなカイルにも良い時間を贈ってやってくれ」
「……何がしたいの? あのふたりをどうにかしたいとか考えてる?」
「んーいや、そんなつもりは……結構あるけど」
「余計なお世話」
「やぁ、あいつほら、継ぐ家無いだろ?」
「お兄さんが継いだんだっけ?」
「そうそう。ほんでマリオンは、マーレイ家のたったひとりのお嬢さんじゃん」
「…………ほんと、余計なお世話」
「俺さ、ふたりのお披露目の会でする、友人代表の挨拶まで考えてんの」
「馬鹿なの? 暇なの? 殴られたいの?」
「お前も用意しとけ? リディア・ベル」

兄が家督を継ぎ、他の領地と良縁を結ぶ為の姉と妹がいる中で、カイルは実家からそれほど重要視されていない。

実力は充分過ぎるほどにある。
カイルには大きく、王宮に出仕する道と、リックが言ったように他家へ婿に行く道がある。

それが質実共に能力の要る辺境ならば、確かにカイル的にもその腕を無駄にすることは無いように思えた。

「……あんたが決めることでもなければ、カイルやマリオンが決められることでも無い。そんな都合良くいくもんですか」
「思えば叶う!」
「だからあんたが思っても仕様が無いって言ってんの!」
「今はね?」

リックが本家を順当に継ぐのか、それとも王宮で高官になるか。
そのどちらだとしても、他人の婚姻に口を出す権限は持てそうな位置に立てる。

「俺にも未来の展望があるわけですよ」
「どうだか」
「マーレイ領の向こうは脅威だよねぇ」
「…………リック・ウィリアム」
「うん?」
「クソ展望!」
「お前は俺の補佐」
「絶っっ……対に、イヤ!!」
「志願しろ? 命令されたくないだろ?」
「……ほんとクソだな!」
「お前にも良い婿さん探してやるからな?」
「下衆!!」
「……知ってる」


時おり聞こえてくるリディアの怒鳴り声を聞きながら、本当に仲が良いなとマリオンはにこにことした。

それに釣られてカイルも口の端を持ち上げる。

「楽しいのか?」
「うん? リックとリディアは仲良しさんだなぁと思って」
「……仲が良いか、あれ」
「息ぴったり。打てば響く」
「まぁ……そうだな」

楽しそうにぶんぶんと振られた手を見下ろす。カイルの手の中にすっぽり収まっているが、そういえば握った時に拒否の言葉も仕草も無かったことを思い出す。

「……俺たちも仲良しさんだな」
「うん? そうですよ、みんな仲良しさんです」
「……嫌がらないのか?」
「何をですか?」
「はぐれないように、手を繋がれてるんだぞ?」
「ですよね……はぐれるような人出じゃないですよね」
「良いのかこのままで」
「何ですか、嫌がられたいんですか?」
「いや、そんなつもりは」
「触らないで、穢らわしい! とか」
「誰の真似してるんだ、止めろ」
「ふふ……カイルは穢らわしくないですよ」
「知ってる。……どういう意味だ、マリオン」
「別に深い意味は無いですよ」
「納得し辛いな」
「カイルこそ私のお守りさせられて気の毒です。嫌なら離してもらってだい……」
「じょうぶだと思えないから繋いでるんだけどな」
「ええぇぇぇ?」
「羽みたいに軽いから繋いでても何とも無いしな」
「羽!! そんな軽い訳ないでしょう!! ほら!!」

ぐいぐい地面の方に向けて力を掛けても、カイルは鼻で笑っている。
腹が立って両手を使って下に押すと、カイルは片腕でそれを持ち上げた。

「…………ええー? 何してんの君たち」
「……なんだこれ……釣りか?」
「罠にかかった獣みたいですよ」
「捌いて煮込むか」
「美味しい自信がありません」
「あらあら……微笑ましいこと」



おほほと上品に笑いながらリックはふたりを追い越し、美味しそうな香りに誘われて露店の方へふらふらと近寄る。




みんなで手分けしてあちこちの露店から美味しそうなものを買い込んで、分け合って食べることに決定した。