忘却の村――それがハナの古郷。
なんて悲しい名前だろうか。
ずっとずっと、どの時代だって、変わらずそこに存在しているというのに。

正式な地名はもちろんあったが、外の者は誰もその名で呼んではくれなかった。
ただ、「禁断の森」――そう呼ばれる、隣国との境にある森の近くだというだけで。

いつか、この町が消える……?

口にせずとも、そんな恐怖を誰もがもっていたのだと思う。
立ち寄る者も減り、出ていく者も増え。
そのような土地に、どうして宿など要るものか。


『昔はこんなふうじゃなかったのよ』


母はよく言っていたっけ。
その“昔”とやらを、彼女も知らないはずだけれど。

大昔――トスティータとクルルの関係が良好だった頃。
更に更に遡れば、二つの国がひとつだったという時代は、確かに繁盛したのだろう。

商人も旅行者も行き交う町。
忘れ去る必要もなく、それどころか貿易の拠点として重宝されたこの場所。
ハナの宿屋だって、「こんなふうじゃなかった」のだ。

きっと。