子供の頃住んでいた実家の近くに、そこそこ大きな寺があった。

桜が似合う、寺だった。
季節になると、家族で散歩がてら花を見に行ったものだ。

観光客で特別賑わうほどではなかったけれど、それでも、露店がひとつふたつくらいは出たりして、
子供の俺には楽しみな行事のひとつだった。

だから、毎年、勤め先の桜が花開きそうになると、ふと、実家や、その寺のこと、家族で見上げた桜なんかを思い出す。

………とっくの昔に実家は売却されてしまったけれど。




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日本では、春は別れと出会いの季節である。
特に、俺の勤める職場においてはそれがとても大きい。
三年生が卒業し、ひと月もしないうちに新入生を迎え入れるのだから。
涙や、それぞれの感傷に包まれた卒業式から数週間しか経たないうちに、今度は期待に満ちて、僅かに緊張を纏った新入生達がやって来る。

俺が、その入れ替わりのシーズンを見守るようになって、もう何年になるのだろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、職員室の窓の向こうに広がる桜並木を見やった。

この高校には、両サイドに桜が植えられた細い道がある。
まるで一列に並べと号令をかけられたように行儀よく並ぶ桜達は、校舎裏の駐車場にまで続いているのだが、卒業式を終え、春休みに入ったばかりの今は、ようやく開花の気配を匂わせていた。


「初桜か……。満開はいつ頃かねぇ……」

まだ裸の枝ばかりで、それがなんだか寒そうで、ついポロッとそんなことを呟いていた。

「毎年入学式の数日前に満開になりますよねぇ。今年もそれくらいじゃないですか?」

隣のデスクから、俺の独り言に明確な返事があった。
後輩の古典担当の教師だ。
古典担当の彼女は、俺が口にした ”初桜” という季語に興味を示したようだった。