「フォールの辺境伯、ベルナール・トレスプーシュ様をご存じ?」
「いや。知りません」
「とっても素敵な方なの。背が高くて、ワイルドで、超イケメン。黒い瞳がたまりませんわ」
「あのー……、治しちゃっていいですか?」
「治して。私のこの恋の病を治せるものなら治してちょうだい!」

 アニエスは治した。
 そして、キレられた。

 トキメキを返せと。

 しかし、冷静になっても女性はたんたんと証言した。
 ベルナール・トレスプーシュなる辺境伯が魅力的なのは事実であると。

「へえ……」

 その町でも、アニエスは人々を治しまくり、三日もすると閑古鳥が鳴くようになった。

 いつもの町と少し違ったのは、ベルナール・トレスプーシュにかかわる恋の病が非常に高い頻度で持ち込まれたことだ。
 ちょっと興味を持った。

 そろそろ次の町へ行くかと、いつものように当てもなく歩き出したところで、せっかくならベルナール・トレスプーシュを訪ねてみようと思った。
 彼は辺境伯だと言う。

 辺境伯(マークグラフ)と言えば、国境を守る軍事的な役割の強い爵位だ。
 大変な役目だし、すぐに判断しなくてはいけない場面も多いので、強い権限が与えられている。
 伯爵(ル・コント)より上、だいたい侯爵(ル・マルキ)と同じくらいの身分。偉いのである。
 
 辺境は「ドンパチ」と言うか、ちょっとした諍いが盛んなようだし、お城の中は前線ほど危険ではないだろう。
 お城にいて、敵にやられた人が来たら癒す、的な仕事があればいいなと思った。
 そこに置いてもらえれば、着の身着のままの放浪の旅も終わる。

「辺境伯に会いに行こう」

 アニエスはトレスプーシュ辺境伯の城のあるフォール郡の郡都を目指すことにした。

「フォールの一つ目の町の皆さん、ごきげんよう。どうぞお達者で」