フォールの視察の時や途中で通り過ぎた地方の街道では、あまり気にならなかったが、王都に近づくにつれて、馬車ではなく馬に乗っていることが目立つようになってきた。

 ベルナールは王都にも城を持っているため、そこまで行けば馬車も馬も手に入る。
 けれど、アニエスの実家であるダレル子爵邸のほうがかなり手前にあって、ベルナールは、正式な挨拶は改めて行くとして、先に一度顔を出そうかと言った。

「久しぶりだし、早く母君に会いたいだろう?」

 旅に出た日のことを思い出し、アニエスは少しだけ返事に困った。
 もうそんなにかわいがられていないのだと、自分の口から言うのは切ない。心#は__・__#優しいベルナールに、余計な心配をさせてしまっても申し訳ない。

 近く訪問する予定であることは手紙で知らせてあった。
 中央から外れた場所にある、貴族の館にしては小規模な屋敷を訪ねると、父と母が出迎えてくれた。

「お父様、お母様……」
「ああ。よく来たね、アニエス」

 一応歓迎の言葉を口にしつつ、馬車もなく、一頭の馬に乗って訪ねてきたアニエスとベルナールを見て、両親はあからさまに肩を落とした。

 居間に落ち着くと、「まあ、婚約を破棄されたアニエスだ。そうそう条件のいい相手が現れるわけがない」と、父が母に小声でこそこそ耳打ちする。
 母は母で、ベルナールをチラリと見て、「顔で選んでしまったのね」とため息を吐いた。

 わりと、聞こえてますけど、とアニエスは遠い目になりながら思った。

 どうも自分の両親は、気持ちを隠すのが苦手というか、考えたことをそのまま顔や態度に出しやすい人のようだ。
 自分が損をしないことだけを考えて、消極的な圧力をかけてくる。
 アニエスを家から送り出したあの日もそうだった。そして、今も……。

 こんな男ではなく、もう少しマシな相手はいなかったのかと言いたげに、アニエスをじっとりと見つめる。

 そして、そんな両親だからか、ベルナールがフォールの辺境伯だと知ると、態度が一変した。

「辺境伯閣下ですと?」
「そんな高い身分の方が、アニエスを妻に迎えてくださるのですか?」

 ぱっと顔を輝かせた二人は、恥ずかしくなるくらいベルナールにおべっかを使い始めた。
 そして、あろうことか、そのすぐ後で、ベルナールに金の無心を始めたのだ。

「このところ、領地からの上がりが減ってしまってね……」
「王都で暮らしていると、いろいろと要り様なんですの。ドレスも最近は高価なものばかりで……」
「少しばかり、援助してもらうことはできないかね?」

 言葉数少なく相手をしていたベルナールは、黒い瞳をわずかに眇めて二人を見た。

「アニエスのために、何かしてやりたいとは考えないのですか?」
「え? アニエスに?」

 二人は慌てて「もちろん、持参金は持たせます」と笑う。

「私から借りた金の一部で?」