最初は触れるだけのキスだったのが、つい盛り上がってしまって、いろいろ大変なことになった。
 ベルナールは自分の股間をそっと毛布の下に隠した。

 夜の褥のあれこれが効果覿面と言われるだけあって、アニエスとのキスを繰り返すうちに、ベルナールの傷はみるみる癒えていった。
 あんなことやこんなことをさせてもらえたら、一気に全回復間違いなしと思ったが、そこはまだアレである。正式な手続きを踏むまでは我慢である。

 きちんとしたいなら、ケジメが大切だ。

「閣下……」
「ありがとう、アニエス。もう大丈夫だ」

 ほっとして笑う顔が可愛くて愛しくて仕方なかった。
 アニエスの命を狙ったエドモンは八つ裂きにしてもし足りないが、自分を心配するあまり、あれほどしっかりしていた鋼鉄の心が乱れ、聖女としての施術さえできなくなってしまったアニエスを見た時は、傷の痛みさえ忘れて歓喜に浸ってしまった。

(アニエスを泣かせることができるのは、俺だけだ)

 そう思うと、絶対に泣かせたくないと思うのに、ニヨニヨしてしまう。泣かせたくないのに泣いてくれると嬉しいという矛盾した心持ちになる。
 それは甘い痛みとなって、ベルナールの心臓を震わせた。
 
 どんな怪我や病気もサクサク治してしまうアニエスだが、聖女の力を以てしても、死の床にある病人を蘇らせることまではできない。できるのは痛みを和らげ、少しでも楽に最後の時を迎えるための緩和ケアだ。
 同じように、深手を負った者への施術は、一度に全部の傷を塞ぐことは難しく、最も辛い痛みを伴う部分から施術を始め、治癒に向けて段階的に癒してゆくのが一般的だ。
 アニエスの場合は力が強く、一度にかなりの傷を治してしまうことも多かったが、それをするためにはアニエス自身の気力や体力を消耗した。

 ベルナールの傷を、身体を動かしても支障のないところまで癒したアニエスは、いつの間にか寝台の脇でうとうとし始めていた。

「疲れたのだな……。起きたら、肉を食わせねば」

 そっとアニエスを抱き上げ、――あれだけの傷を負いながら、そんなことができることに自分で驚きつつ――、寝台に寝かせて毛布を掛けた。

 アニエスを狙い、さらにベルナールの背中に剣を突き立てたエドモンを、辺境軍の兵士たちは許さないだろう。
 殺すと息まいて即座に疾走していった第一陣も、馬を駆って城門を抜けていった第二陣も、ベルナールがなんとか命じて上げさせた帰城ののろしに従って戻っているようだが、しっかり抑えておかねば、全軍上げてすぐにでも王都に向かって出陣すると言い出しかねない。

 兵舎の周辺でくすぶっている兵士たちを見つけ、ベルナールは近づいた。

「閣下! 傷は、大丈夫ですか!」
「ああ。アニエスのおかげでな」
「あぁ……。さすが、嬢ちゃんだ……」

 安堵の輪が広がり、空気が凪いだのは一瞬で、気の荒い兵士たちは、すぐに「出陣させてくれ」と騒ぎ始めた。
 それに答えて、ベルナールも大声で怒鳴った。

「アニエスの命を狙った段階で、エドモンは地獄行き決定だ! 王太子だろうと、許さねえ!」

 そうだそうだ、おおう! と兵士たちが雄たけびを上げる。
 だが、ベルナールは右手を挙げてそれを制し、残念そうに続けた。

「と、言いたいところなんだが……、王国軍と俺たちが戦って、痛い目を見るのはエドモンばかりじゃねえからな」

 いつもしわ寄せを食らって苦労するのは市井の民である。