「閣下!」

 へなちょこ王太子の突然の攻撃に、辺境軍兵士たちが一斉に目を見開き、怒号を上げた。

「てめえ、閣下に何しやがる!」
「殺せ! やっちまえ!」

 相手が王族だろうと関係ない。彼らの忠誠はベルナールにある。
 ふだんから命令などなくとも自主的に動く兵士たちは、この時も迷わず剣を抜き、エドモンに襲い掛かった。

 王室付きの護衛の兵士たちが、命がけでエドモンを担ぎ上げ馬車に放り込む。指揮官が叫んだ。

「反撃!」
「無理です!」

 悲鳴のような命令無視の言葉が響き、少なくない怪我人を出しながら、王室の一行は来た道を一目散に逃げ帰り始めた。
 遅れた者は容赦のない攻撃を受けた。
 死体こそ出なかったものの、石の街道には血がいくつも飛び散り、生々しい匂いを放った。

 怒りの形相で追いかける最初の兵士が馬車を追うのを諦めた頃、背後から馬で追いついた別の兵士たちが後を引き継いだ。

「エドモンの首は、必ず取ってくる!」
「頼んだぞ!」

 砂埃を巻き上げて、逃げる馬車に迫る。
 しかし、フォートレルの町を出ようとしたところで、門衛が「帰城!」と旗を振った。

「城にのろしが上がっている。帰城命令だ。戻れ!」
「なんでだよ!」
「知るか!」
 
 城で起きたことをまだ知らない町の門衛たちは、「とにかく戻れ」と騎馬兵たちにきっぱりと言い放った。

「命令だ」

 自主性の土台にあるのは命令や規則を遵守する心だ。
 逃げてゆく王室一行を口惜し気に睨み、唾を吐きかけながらも、兵たちは城に戻っていった。

 騎馬兵たちが城に戻ると、診療所では医者と看護師がベルナールの手当てをしていた。
 ショックを受けたアニエスは、震えて施術ができないという。

「嬢ちゃん……」
 
 ソフィの胸に顔を埋めているアニエスに、誰も何も言えなかった。

 身体を包帯でぐるぐる巻きにしたベルナールが寝台の上からアニエスを呼んだ。

「アニエス……」
「閣下……」

 寝台の脇に膝を突き、ぽろぽろと涙を流すアニエスを、ベルナールが裸の胸に抱き寄せる。

「バカだな。このくらい、なんでもねえよ」
「閣下……、閣下……」
「元気出せ。おまえが泣いてちゃ、みんなが辛くて敵わん」