旅の汚れや汗臭さは、自分でも気にしていた。
 それを誰かに指摘されても、アニエスなら「ごめんなさい」と笑えたのではないか。
 かたまり肉にガブリと噛みつくのと同様に、自分にとって必要なこと、その時その時にできることをした上で笑われるなら、それはそれで構わないと、納得して笑顔で生きてきたのではないか。

 自分の心に気づいてしまったら、この子はただの女の子になってしまうだろうかと、かすかな躊躇が胸をよぎる。

 強くて優しい最高の聖女。

(それでも、アニエスは、ただの女の子になっていいんだわ……)

「アニエス、あなたが泣いてしまったのは、ベルナールに言われたからではないの?」
「閣下に、ですか?」
「例えば、ポールやドミニクに言われたのなら、どうだったか想像してみて」

 兵士たちから、音痴だねぇと言われて笑っていたアニエス。
 嬢ちゃん、案外可愛かったんだなと言われているのも聞いた。褒めているのだが、よくよく考えると若干ビミョーな言い回しだ。

 驚いたようにソフィを見つめ返す小柄な少女に、春の目覚めを促す言葉を口にする。

「ベルナールを、男性として意識していたから、汚れていることや匂いがあることを、恥ずかしく感じたのではないの?」
「か、かかか……? 閣下を? だだだだ……?」
「ええ。あなたは閣下を、男の人だと意識したことはない? 一緒に馬に乗って、背中から抱かれて、ドキドキしなかった?」
「うま……」

 アニエスの顔が、カーッとわかりやすく火照っていった。
 今、まさにドキドキしていると教えるように両手を胸に押し当てる。

 ソフィはにっこり笑って畳みかける。

「その上で、ベルナールのことをどう思う? 好き?」

 真っ赤になったアニエスは、今度は口をぱくぱくさせるだけで、はっきりと答えることができなかった。
 答えは明確だ。

(世話の焼けること。どっちもどっちで、こうなんだから、ほんとに、もう……)

 二言三言、挨拶を交わしてアニエスが退出する。
 いつになくよろよろとぎこちない動きを見て、ソフィは満足の笑みを浮かべた。