「笑顔の下に隠した、たくさんの涙と我慢と、それを上回る他者への優しさに胸を打たれる。アニエスは……、ここに着いた時に、とてもほっとしたと言っていた。それだけ、口には出さなくとも苦しい旅をしてきたのだと思う。それなのに、どこかで自分を待っている者があるなら、また旅を続けるつもりでいたんだ」

 ソフィは頷いた。
 ベルナールが、きちんとアニエスを見ていることを嬉しく思った。

「アニエスは強い子ね……。強くて、優しい」
「俺は、アニエスの言葉を聞いた時に、無性にアニエスが愛しくなった。そして、アニエスは俺が守ると心に決めた」

 ソフィは再び頷く。

「だったら、ここで私にごちゃごちゃ言ってないで、直接本人に、そう言ったら?」

 ソフィが笑うと、ベルナールはキッと顔を上げた。

「どう言えばいいのか、わからないんだ」
「はあ?」

 結婚を申し込みたいが、断られるのが怖くて言えないと言う弟に、ソフィは面食らった。

「……あなた、誰?」
「ベルナール・トレスプーシュ。フォールの辺境伯で、あなたの弟だ」
「本当にベルナールなの? 歩くだけで、領地中に恋の病を振りまくとまで言われた、あのベルナール・トレスプーシュ?」

 そうだと真面目に頷き、そのくせ「断られたら、生きていけない。死ぬ」と言って頭を抱えるヘタレ男を前にして、ソフィは呆れる。
 そして、ついに笑ってしまった。

「ベルナール。あなた、その年になって、生まれて初めて恋をしたのね」
「恋……?」

 我が弟ながら、笑える。
 身内の目にも美貌の男が、漆黒の瞳を大きく見開いた。

「これが、恋なのか……」
「たぶんね」

「恋とは、こんなに苦しいものなのか」
「そうね。相手を思うと苦しくて、同時にとても甘いものよ」