「おまえは、本当によく食うな」
「聖女は身体が資本ですから」
 
 自分が元気でないと、人の痛みを癒すことは難しいのだ。
 健康な歯と丈夫な胃腸はアニエスの財産である。

 食事が終わると、宿の主人が「お部屋の用意ができました」と呼びに来た。
 二階の奥にある一番いい部屋だと主人は言った。
 ベルナールがいつも泊る部屋らしい。

「アニエスの部屋はどこだ」

 ベルナールの問いに、主人が「え?」と首を傾げる。
 宿の下働きの者を呼んで、二言三言、何やら確認した。

「お城のほうから早馬で文が届きまして……、それによりますと、お二人のお部屋は一つにということでしたのですが……」
「何?」

 あいつら、早馬まで使って、何を知らせているんだ……、とベルナールが呻く。
 
「もう一つ部屋を用意してくれ」

 ベルナールの言葉に、宿の主人がすまなそうに頭を下げた。

「聖女様がいらしたことを知って、町にいつもより人が来ていまして、あいにく今日はお部屋がいっぱいなのです……」
 
 アニエスは部屋を覗いてみた。
 とても広くて清潔そうな部屋だった。寝台は左右の壁に寄せて二つ。衝立やテーブルまである。
 今まで泊った宿に比べたら、とても上等である。

「私、閣下と相部屋で全然かまいませんけど」
「なんだって?」

 嫁入り前の娘がどうとかこうとか言われたが、これまでの旅の様子を話して「それに比べたら」と笑うと、ベルナールは何やら複雑な顔になった。

「お部屋はここしかないのです。わがままを言って、ご主人を困らせてはいけないと思います」
「アニエス、おまえ……」
「湯船のあるお風呂があるそうなので、私、いただいてきます」

 のぼりとに荷物を片方の寝台に置き、アニエスはウキウキと風呂に向かった。

「いいお湯でした。閣下もいかがですか?」

 部屋に戻って、寝るためにドレスを脱いで、寝巻代わりの下着(アンダードレス)とドロワーズだけになりながら勧める。
 赤い顔をしたベルナールが頭を抱えて呻いた。

「閣下、お加減が悪いならば、癒しましょうか」
「いや。いい……」

 風呂に行ってくると、肩を落とし、どこか弱々しい足取りで出ていく背中を首を傾げて見送る。
 今日もよく働いたなと満足しながら、アニエスは早々に布団にもぐりこんで安らかな眠りに就いた。