王都に向かう街道とは別の道を東に進んだアニエスとベルナールは、昼前に小さな町に着いた。
 アニエスを馬から降ろして、ベルナールは言った。

「俺はこれから近隣の村や集落を回ってくる。今夜はこの町に宿を取るから、それまで好きにやっててくれ」
「わかりました。ありがとうございます」

 背中に差していたのぼりと馬の鞍に下げていた包みをアニエスに渡して、ベルナールが言った。

「弁当だ」

 アニエスの顔がパッと輝く。
 それを見たベルナールの口元も自然にほころんだ。

 ワイルド系のイケメンは笑うと急に優しい顔になる。
 アニエスはまた少しドキッとしてしまった。
 
 のぼりを持って大通りの一角に立つと、すぐに人が集まってきた。

「あ! 閣下のところの聖女さんだ」
「来てくれたのか」

 歩けない病人のために家まで来てほしいと言う人がけっこういて、アニエスは大工からいらない板切れをもらって、『戻ります。ここでお待ちください』という立て札を作って、のぼりと一緒に通りの隅に置いた。
 呼ばれた家々を回って戻ると、人が何人か並んでいた。
 その人たちの家をまた順々に回って施術をした。

 誰かがのぼりのそばに木の椅子を置いてくれて、アニエスはそれに座って弁当を食べた。
 丸いパンが二つと骨付きの鶏肉と野菜と果物が籠いっぱいに入っていて幸せになった。水筒には香りのいいお茶も入っていた。

 午後も家に呼ばれて施術に出たり、のぼりのところに来た人を何人か診たりして過ごした。
 日が傾く頃にベルナールが戻ってきた。

「厩のある宿は一軒しかない。一階が食堂になっているから、宿と食事はそこでいいか」
「はい」

 フォールまでの旅で泊ったのは、知らない人と相部屋の、硬いベッドがいくつか並んだ部屋だった。
 風呂やシャワーのあるところは稀で、中庭の井戸で汲んだ水で身体を拭いて眠った。
 男女が同じ部屋で雑魚寝というのも珍しくなかった。
 バシュラール王国の庶民の旅は、だいたいそんなものである。

 ベルナールが選んだ宿は、さすが辺境伯を泊めるだけあって町でも一番いい宿だった。
 町には湯の湧く泉があるらしく、いい宿はみんな、そこから湯を引いているらしかった。
 城で使うような湯桶のある風呂場が宿の中に二つあり、一つは殿方用で、一つは婦人用だった。

 階下の食堂は、宿の客以外の人も来るタイプの店で、大層繁盛していた。

「何でも好きなものを頼め」

 ベルナールが笑顔で言う。
 アニエスは嬉しくなって、店主のオススメを全部頼んだ。
 肉だけでなく、野菜がゴロゴロ入った濃厚なスープや、油で揚げた芋なども食べた。どれもとても美味しかった。