終わりがないかと思われた患者の波は、二週間くらいたった頃から落ち着き始めた。
 アニエスがこれ以上移動しないことがわかり、慌てて追いかける必要がなくなったからだ。一種のブームに乗って、たいした怪我でもないのに行列に加わっていた人たちもけっこういて、そういう人たちが潮が引くようにいなくなると、一日にやってくる人の数もだいぶ減って、長い行列ができることもなくなった。

 城門の脇にあった門番のための待機小屋が、ベルナールの命令で診療所として使えるように整備された。
 待機小屋は左右の門のそばにもあるので、正門を守る兵たちもそちらを利用することになった。

 医者一人、看護師二人と一緒に、アニエスは診療所で施術を行う。彼らと分担することで、仕事の内容は格段に楽になった。

 お代は「お気持ち」ではなくなった。けれど、決して高いものではなかった。
 最近の患者たちは、わざわざ旅をしてくるだけあって、「お気持ち」をはずみ過ぎる傾向があったので、基準ができて、アニエスはむしろほっとしたくらいだった。

 暇な時間におしゃべりをする余裕もできた。

「アニエス、今のうちに閣下とどこかへ出かけてきたら?」
「そうよ。国境のいざこざも落ち着いてるみたいだし」

 二人の看護師、デボラとメロディが勧める。
 アニエスは首を傾げた。

「閣下と? どうして?」
「どうしてって……」

 二人は意味ありげに笑みを交わした。
 アニエスはいっそう不思議に思ったが、確かに今の込み具合ならば、毎日朝から晩まで診療所にいなくても平気そうだ。そろそろ出張診療を始めてもいいかもしれないと思った。

 週に一日の休診日のほかに、もう一日休みをもらっていいかと、一緒に働く三人に相談すると、今の状況なら全然問題ないと快く了承してくれた。

 演習場で兵士を監督しているベルナールを見つけて近づく。
 そばにいた兵士たちが、なぜか嬉しそうな顔でアニエスを見て、それからパッと離れていった。

「そろそろ領地内の町や村を回りたいので、許可をください」

 診療所の仲間にはすでに話した。二日あれば、夜明け前に出発して施術をして戻ってくることができるとベルナールに告げた。

「歩いていく気か」
「はい」

 ほかにどんな方法が? と思ったが、ベルナールは「馬を出させよう」と言った。

 比較的近くに控えていた側近のアンリ・バルゲリー少将を呼んで、「誰かにアニエスを送らせろ」と命じる。
 アンリはそれを、瞬殺で断った。